先月の記事(認知症の人に「歯磨きは気持ちがいい!」と感じていただくために)にて、自歯の残存本数が、将来の認知症の発症リスクや健康寿命に影響を与えていることを示す日本での研究の結果を紹介しました。
以下、再掲します(一部、再掲時にカットしています)。
歯の本数は将来の認知症の発症リスク等に影響を与えている
・65 歳以上の健常者 4425 名を対象にした 4 年間の追跡調査の結果、認知症を伴い、要介護認定を受けた人は 220 名であった。このデータで統計解析をすると、20 歯以上の人に対して歯がほとんどなく義歯未使用の人の認知症発症リスクは 1.9 倍であった。
出典:山本龍生/神奈川歯科大学/歯を失って義歯を使わなければ認知症のリスクが最大 1.9 倍に~厚労省研究班が健康な高齢者 4425 名を追跡して明らかに~/JAGESプレスリリースNO. 12-033
・60歳以上の一般住民1566名を5年程度追跡調査した結果、180名が認知症発症をした。このデータで統計解析をすると、歯の数が少ないほど認知症発症リスクが高いという有意な関連が認められた。
出典:残存歯数が少ない人ほど認知症の発症リスクが高い(久山町研究)|循環器疫学サイトepic-c.jp
・65歳以上高齢者の77,397名を3年間追跡したデータで統計解析をすると、歯が多いと、単に寿命が長いだけではなく、健康寿命が長く、一方、要介護でいる期間が短いということが明らかになった。
出典:自分の歯が多く保たれている高齢者は健康寿命長く、要介護日数短い(東北大学 松山祐輔氏)|東北大学 プレスリリース・研究成果 2017年6月28日付
歯を失い20本未満になって義歯を使用していない高齢者では、3年後の転倒の発生率が高くなっている
歯の本数などの状態で、将来の転倒の発生率が変わってくることを示す研究もあり、今回はその研究を追加で、ご紹介します。
この研究も日本で行われました。
研究結果の概要
65歳以上の健常者1763名を対象にした3年間の追跡調査の結果、性、年齢、期間中の要介護認定の有無、うつの有無などに関わらず、歯が 19 本以下で義歯を使用していない人は、転倒のリスクが高くなる
ことが示されました。
出典:山本龍生/神奈川歯科大学/歯を失って義歯を使わなければ転倒のリスクが最大 2.5倍に~厚労省研究班が健康な高齢者 1763 名を追跡して明らかに~/JAGESプレスリリースNO. 12-036
研究結果の詳細(論文も参照して)
この研究は論文になっておりまして、そちらも入手し、読みました。
3年間で転倒した人の割合
65歳以上の健常者ー介護保険の対象となっていない。また、調査開始時点で過去1年間に転倒の経験もないー1763名を対象にした3年間の追跡調査ということですが、調査開始から3年後の調査で、過去1年で2回以上転倒したかを尋ねています。
この複数回の転倒をした人は86名でした。全体の4.9%です。
注:3年後の調査で過去1年で1回のみ転倒した人は、分析上は「転倒していない」に括られています。先行研究にて、1回のみの転倒をした人は、複数回の転倒をした人と比べて、まったく転倒をしなかった人に、医学的、身体的に似ていたという知見を踏まえ、その分析上の処理をすることとしたと記されています。
調査開始時点の歯の状態と、3年後に複数回の転倒を経験した人の割合は以下の通りです。(表は論文をもとに編集スタッフが作成)
調査開始時点 (歯の状態) |
3年後 |
|
歯の本数が 20本以上 |
586人 | 17人 ← 2.9% |
歯の本数が 19本以下で 義歯を利用 |
958人 | 49人 ← 5.1% |
歯の半数が 19本以下で 義歯を使っていない |
198人 | 17人 ← 8.6% |
注:調査開始時点で歯の状態の情報を取得できていない21名を除いた1742名の結果です。
つまり、分析対象者1763名のうち、調査開始時点で歯の状態の情報を取得できたのが1742名で、このうち歯の本数が20本以上は586名、歯の本数が19本以下で義歯を利用している人が958名、歯の本数が19本以下で義歯を使っていない人が198名でした。
そもそも、65歳以上の健常者で歯が20本未満の人は1156(958+198)名です。66.4%(1156/1742)の方がそういう状態なのですね。
そして、3年後
・もともと歯の本数が20本以上あった人の中では2.9%の人(17人)が複数回の転倒を経験
・もともと歯の本数が19本以下で義歯を利用していた人の中では5.1%の人(49人)が複数回の転倒を経験
・もともと歯の本数が19本以下で義歯を使っていなかった人の中では8.6%の人(17人)が複数回の転倒を経験
との結果になっており、歯の本数が19本以下の人で複数回の転倒を経験する人の割合が高まること、特に19本以下になっても義歯を利用していない人でその割合がさらに高まることが確認できると思います。
歯が20本未満になり、義歯を使用していない場合、何倍転倒しやすいか?
「歯の本数が20本以上」、「歯の本数が19本以上で義歯を利用」、「歯の本数が19本以下で義歯を使っていない」という3つの分類を示しましたが、「歯の本数が20本以上」に比べて、残りの2つで何倍転倒しやすいか(注:オッズ比)を統計解析で算出した結果が以下のとおりです。
(表は論文をもとに編集スタッフが作成)
調査開始時点 (歯の状態) |
歯の本数が 20本以上に 比べて何倍 転倒しやすいか? |
統計的 有意差 |
歯の本数が 19本以下で 義歯を利用 |
1.36倍 | なし |
歯の半数が 19本以下で 義歯を使っていない |
2.50倍 | あり |
注:統計解析においては、調査開始時点の歯の状態の他、性別、年齢、追跡期間中の要介護認定の有無、うつ状態、主観的健康観、教育年数も組み入れた解析をしております。よって、この結果は、性別、年齢、追跡期間中の要介護認定の有無によっては変わらず、調査開始時点の歯の状態の違いにより変わる結果ということになります。
つまり、この結果表からは以下のことが言えます。
・(調査開始時点で「歯の本数が20本以上」であった場合に比べて)「歯の本数が19本以下で義歯を利用している場合」は1.36倍転倒しやすく、「歯の本数が19本以下で義歯を利用していない場合」は2.50倍転倒しやすいと算定された
・このうち、統計的に見て、(転倒しやすくなっているという)有意な差があると言えたのは、義歯を利用していない場合であった(義歯を利用している場合は歯が20本以上ある場合と比べて今回の分析モデルでは差があるとは言えない)
歯を失うことは転倒のリスクを高めるが義歯を使用すれば抑えられるというのは、転倒を認知症に言い換えても成り立つ
以上をまとめると、歯が20本以上の対象者に比べて、歯が19本以下で義歯を利用していない対象者では、複数回の転倒をしやすくなっていましたが、歯が19本以下でも義歯を利用していた場合はそうではありませんでした。
歯を失うことは転倒のリスクを高めているが、義歯を使用すれば抑えられているということです。
似たようなことが、歯の本数と将来の認知症の発生について検討した研究でも明らかにされています。
本記事の冒頭で、20 歯以上の人に対して歯がほとんどなく義歯未使用の人の認知症発症リスクは 1.9 倍であった
という研究結果を紹介しましたが、この研究では、次の結果も示されています。
歯がほとんどなくても義歯を入れることで、認知症の発症リスクを4割抑制できることもわかりました。
出典:山本龍生/神奈川歯科大学/歯を失って義歯を使わなければ認知症のリスクが最大 1.9 倍に~厚労省研究班が健康な高齢者 4425 名を追跡して明らかに~/JAGESプレスリリースNO. 12-033
したがって、歯の喪失を防ぐための歯の手入れなどの取り組みはもちろん大事なことでありますが、それに加えて、歯を失っても義歯を使用することが大事なことが分かります。
終わりにーそもそも今、自分の歯は何本なのか?ー
先日、歯科の検診で、現在の歯の数が29本と教えてもらいました。
左右上下7本ずつで28(7×4)本、左下の奥に親知らず1本で計29本でした。
まるで新しい知識を取得したかのように「へえ」と思いました。
裏返しして言えば、自分の歯の本数をきちんと把握していないとも思い知りました。
私は今アラフォーですが、今回紹介した研究の対象者のデータでは、65歳以上では半数以上の方が歯の数が20本未満でしたね。加齢とともに歯は抜けていくんだなと思うのですが、この調査は2003年に行われたものです。
平成28年(2016年)の厚生労働省による歯科疾患実態調査(全国の6278人を対象とした調査)では80歳になって自分の歯が20本以上の人は51.2%でした。
歯の本数を維持するという観点からすれば、社会全体では底上げされているのだと思いますね。こんな統計データからも、歯を守る努力をするに越したことはないと励まされております。
自分の歯の本数に関心をもって、歯磨き並びに定期的な歯科受診を継続していきたいと思います。
(文:星野 周也)