NHKオンデマンドにて、6月2日放送分のクローズアップ現代+の「【介護クラスター】見えた!命を守るカギ 対策が進む現場で」を見ました。
注:クローズアップ現代+のホームページでの原題は「“介護クラスター”高齢者の命をどう守る」でした。
介護クラスターが起こることも見据えた備え
介護クラスターは介護施設での新型コロナウィルスの集団感染のことです。
この番組(以下、適宜「NHK番組」と略する)では介護クラスターが発生した特別養護老人ホームと老人保健施設がメインで取り上げられていました。
また、あるデイサービスの集団感染の発生による「負の連鎖」として、市内の9割の事業所(デイサービス・訪問介護など)が自主的に休業・縮小するに至ったという自治体の事例も紹介されていました。
この番組から学ぶべき点は、介護クラスターが起こることも見据えた備えと思いました。
介護クラスターは起こりうること
介護クラスター(集団感染)はできるだけ避けたい事態ではありますが、
医療法人社団悠翔会のブログ記事
新型コロナの主戦場は高齢者施設 新型コロナ死が多いほど、死亡者に占める高齢者施設入居者の割合が多くなる
に述べられているとおり、新型コロナウィルスの特徴を踏まえますと、いつどこで発生してもおかしくないことです。
新型コロナはインフルエンザよりも無症状の潜伏期間が長く(4日~13日)、感染が持ち込まれたことをリアルタイムに察知することが不可能です。無症状の職員や訪問者が外部からウイルスを持ち込み、一人の入居者または同僚に感染させれば、誰かが発症するまでの間に、どんどん感染が拡大します。一人の感染が明らかになった時には、すでに集団感染になっているのです。
ですから、目標は、このブログに示されているとおり、
感染持ち込み・拡大のリスクを最小化すること、集団感染をできるだけ小さい段階で発見すること、そして集団感染が起こってしまった時に適切に対処できるよう準備をしておくこと
になるでしょう。
感染者を介護施設内で介護していく状況も想定される
NHK番組で指摘されていたのは、入居型の介護施設を利用する要介護高齢者が感染しても、入院させられない状況です。理由としては、「病床が足りない」、「(病院では)要介護の人を十分にケアできない」の2点が挙げられていました。
そのため、高齢者は本来、重症化のおそれがあるので、軽症であっても入院が原則であるものの、入院には優先順位がつけられて、感染した施設入居の要介護高齢者で、軽症の場合は介護施設内で診療と介護という方針が導かれることになります。
番組内では集団感染が起こった介護施設内で、介護職員が防護服を着て食事介助や(車椅子からベッドへの)移乗介助などをしている場面が映されていました。
どういう備えが必要になるか?
感染者を介護施設内で介護していく状況も見据えるならば、番組内で指摘されていたように、以下のような備えが必要になってくるでしょう。
・個人用防護具(PPE)の準備(ガウン、サージカルマスク / N95マスク等の防護マスク、ゴーグル・フェイスシールド、手袋など)
・手指衛生用品の準備(アルコールを60-95%含んだ手指消毒薬、手洗い用のペーパータオル、石鹸)
・職員の人員不足に直面する可能性を踏まえた事業所の枠を超えた協力体制の計画(外部からの応援要員の確保の計画)
高齢者施設版、在宅版の感染予防対策のリスト
備えに関する補足になりますが、日本の老年看護学や在宅看護学の有志の先生方が、海外の多数のガイドラインを参照し、網羅的に対策のリストを作成されて、web上で公開されていますので、ご紹介します。
在宅ケア、高齢者住まい・施設における新型コロナウィルス対応情報
というnoteにおいてです。
このnote内から、幾つかのページのリンクも以下に貼っておきます。
・個人用防護具(PPE)の着脱方法についてのイラストのページ
事業所の枠を超えた協力体制
NHK番組内では、(職員内に感染が広がったり、濃厚接触者として自宅待機の必要から出勤できなかったりのため)人員不足に陥った介護施設で、同一系列の介護施設から応援要員を集めた事例と、行政が仲介役となり応援要員を集めた事例が紹介されていました。
後者の行政が仲介役となった事例は、富山県と富山市が作り上げた仕組みです。
感染が広がった介護施設に別の施設に勤める介護士らをつなげるにとどまらず、行政主導で応援スタッフ用の防護服を調達したり宿泊するホテルを確保したりするほか無料のPCR検査の実施や万が一感染した際の保険も準備
(参考:介護崩壊防ぐ独自“富山モデル”|NHK NEWS WEB 2020年6月3日付)するなどバックアップの態勢を整えている点がポイントです。
コメント① スタッフの命を守る
フェイスブックにて、このNHK番組の放送の前に、介護関係が多い友人の皆様及び自分自身への注意喚起として、この番組のページをシェアした際、「“介護クラスター”高齢者の命をどう守る?」という原題に対して、「どんな構成で編集されるのか気になりますね。スタッフの命をどう守る?の視点、欠いていないことを願います」とコメントを書いてくださった方がいました。
スタッフ(職員)の安全を犠牲にして、高齢者の命を守るということではバランスを欠いていると多数の方が共感してくれることでしょう。
番組内では「患者を介護しながらどう感染拡大を防ぐのか?」という問題提起がなされていましたが、「どう自分自身への感染を防ぎつつ」という実際に介護する職員の立場からの視点も明確にされるべき点と思います。
スタッフが安心して仕事ができる環境を整える
NHK番組内では、スタッフ(職員)の命も守り、高齢者の命を守るという言葉での明確なメッセージはなかったと思いますが、以下に例示するように、スタッフ(職員)が安心して仕事ができる環境を整えることで、介護崩壊を防ぎ、高齢者の命を守るという視点・観点は伝わってきました。
・感染している(陽性の)要介護高齢者を介護する職員は防護服を厳格に着ながら介護をすることで、介護行為そのものは密着的―近い距離で声掛けをしながら食事を要介護者の口に運ぶ、要介護者の体を支えながら車椅子からベッドに移動する等―であるものの、介護する職員自身にウィルスが取り込まれて、感染することがないようにしている
・医療と連携して、介護施設内を感染のリスクの高い場所とそうでない場所に区分け(ゾーニング)し、防護服を着脱すべき場所を定め、介護職員に説明する
・人員不足に陥った場合は応援要員を外部から集め、少ない職員で介護施設全体を介護するという、一部の介護職員に極端に負担がかかる状態を回避する
コメント② 限界をわきまえながらも検査を推し進める
さらに、番組内では、「クラスターが発生した施設では、入所者や職員のPCR検査を進めていくべき」と提案がなされておりました。
感染していてもある一定の割合で陽性と判定されないことがあるなど検査の限界も知られております。しかし、感染拡大を防ぐという観点から、介護施設内で陽性の高齢者と陰性の高齢者の居住空間を区分けする、症状は出ていないが、感染をしていて人に移してしまうかもしれない介護職員に自宅待機してもらうなどの取り組みを進める場合には、検査結果に対して正しく理解するという前提の下で、検査を推し進めていくことは賛成です。
コメント③ 家族を守る、家族の思いに応える
さきほど、スタッフ(の命)を守るという点について述べましたが、このNHK番組で、解決策が示されていないと思ったのは、家族を守る、家族の思いに応えるという点です。
地方に住む一人暮らし94歳男性と、東京に住む娘の事例
この番組で紹介されていたのは、
地方に住む一人暮らし94歳男性と、東京に住む娘の事例です。
・介護事業所の休業連鎖が起こった地域に一人で住む94歳男性に対してサービスの縮小が行われた。週5日1回1時間の訪問から、週2日1回30分の訪問へと変更になった。
・心配した娘が東京から駆け付けた。
・感染が広がっていた東京から娘が来たということで、訪問サービスを提供していた介護事業所は、この家に行くリスクを感じて、サービスを完全にストップした。
胸が締めつけられるお話でした。「ものすごく拒絶されたような感じです」という娘さんの言葉が大変重く感じられました。
地方に一人で暮らす、介護や支援が必要な90歳代の父親に対する介護サービスが縮小になって、父親の生活を支援するのに東京から地方へ出向くことは不要不急の外出なのでしょうか。
この番組では、この家族の思いに応えるという点では解答を与えていなかったと思います。
注:休業連鎖に至った原因の一つである、感染者が発生した事業所名を公表しないという情報共有の問題や、公表できないことの裏側にある人々の差別・偏見の問題についての言及はありました。
同居で介護をしている家族が不在になった場合の、高齢者や障がい者の受け入れ施設
ですので、先日発表がありましたが、「家族が新型コロナウィルス感染症で入院し、介護者が不在となり、在宅で高齢者や障がい者の方が取り残された場合」に備えた、受け入れ施設(「短期入居協力施設」)を設置する神奈川県の取り組みは1つ参考になるのではないかと思います。神戸市も同様の取り組みをすると発表がありました。
・介護者がコロナ入院で不在となった在宅の高齢者・障がい者を受け入れる専用入所施設の設置、及び福祉施設の感染発生時の応援職員派遣事業の開始について|神奈川県 2020年5月26日付
・介護者が新型コロナウィルスに感染した高齢者・障害者のための一時受け入れ施設を設置しました|神戸市 2020年5月20日付
さまざまな家族の思い
もちろん、この取り組みは同居の家族を前提にしたものであり、その家族における「自分が感染してこの家を離れたら誰が要介護の高齢者・障がい者を支えるのか」という思いに応えるものであったとして、いまだ、NHK番組で取り上げられた、遠方に住む娘における、介護サービスが縮小になり、介護職員の訪問回数が減ってしまった父親を誰が支えるのかという思いに応えるものではありません。
高齢者の命を守るために、スタッフの安全を犠牲にしてよいということが当然ないように、家族の生活を犠牲にしてよいということもないはずです。高齢者を支えるスタッフや家族を守るということも検討課題に加えて、高齢者の命を守るあり方の議論が進展することを望みます。
(文:星野 周也)
<認知症Cafést内関連記事>
<参考>
1. 【第29報】区内特別養護老人ホームにおける新型コロナウイルスに関連した患者の発生について(2020年4月25日)|江東区
2. コロナで入所者5人死亡の老人保健施設 理事長が初動対応の不備認め謝罪 富山(著者は高良駿輔氏)|毎日新聞2020年4月29日付
3. 介護施設、感染防止に苦心 高齢者に運動機能低下も 三次でクラスター発生1カ月|中国新聞デジタル2020年6月10日付
4. クラスター発生施設に中傷相次ぐ 暴言・出社禁止、家族まで標的|中国新聞デジタル2020年4月15日付
5. 私見「クローズアップ現代+」新型コロナで介護クラスター崩壊!バタバタ倒れるスタッフ、家族も面会できず|J-CASTテレビウォッチ2020年6月4日付
6. 新型コロナ 「病院化」苦闘の施設 居住域分離/ゴミ袋防護服、汗だく 千葉・障害者ら118人感染(著者は黒田阿紗子、上東麻子氏)|毎日新聞2020年4月19日付
7. 新型コロナの介護・高齢者施設への影響と現場での取り組み|一般社団法人 人とまちづくり研究所2020年6月2日付
8. 〔まとめ〕新型コロナウィルス感染症とは(改訂版)>検査|東京大学 保健・健康推進本部 保健センター2020年5月7日付