認知症と保険② 時代のトレンド

2018/10/18
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認知症と保険の第2回目です。
このテーマをめぐる時代のトレンドを見てみたいと思います。

民間の介護保険の加入率は?

 

介護保険と言えば、国の介護保険制度を思い浮かべることでしょう。
介護保険のスタートは2000年(平成12年)。
すべての国民を何らかの医療保険に加入させる国民皆保険が実現したのは1961年(昭和36年)です。
医療保険はさらに、1922年(大正11年)制定の健康保険法に遡ることができます。
介護保険の歴史はまだ浅いと言えるでしょう。

注:1922年の健康保険法は皆保険ではなく、対象者は工場などで働く肉体労働者(ブルーカラー)に限定されています。

 

国の介護保険(公的な介護保険)に対して、前回「認知症と保険① 認知症をキーワードとする保険が続々登場」で取り上げたのは民間の介護や認知症に関する保険になります。

 

さて、民間の介護保険の加入率はどのくらいでしょうか?

 

公益財団法人生命保険文化センターが3年に1度実施している生命保険に関する全国実態調査(平成30年度)の結果によれば、
民間の介護保険(特約を含む。以下同じ。)の世帯加入率は14.1%で、平成18年度から大きく変化はありません。
比較のために他の例を挙げると、民間の医療保険は88.5%、ガン保険は62.8%となっています。民間の介護保険加入率は高くないと言えます。

 

介護にかかる費用を民間の保険で賄うという選択肢もあるということを頭の片隅に入れていただければと思います。

注…この平成30年度の調査についての補足。(1)調査地域は全国400地点。(2)調査対象は世帯員2人以上の一般世帯。(3)抽出方法は層化二段無作為抽出法。(4)回収サンプルは3,983。

 

生命保険に関するトレンド

 

前回の復習になりますが、認知症をキーワードとする民間の生命保険の動きは、

  1. 2016年にまず認知症になった場合の治療費を補償する保険が登場
  2. 今年(2018年)になり、認知症予防のための活動費を支援する保険が登場

とポイントをまとめられます。

 

生命保険業界全体の最新のトレンドとして、健康増進型のタイプの保険が登場してきていると指摘できます。

 

従来の生命保険(死亡保険、医療保険など)は死亡や入院など万が一の際の経済負担を補うのが目的でした。
最新の動きとして、健康的な活動をするほど保険料が下がるという経済的インセンティブを組み込むなどした健康増進型保険が登場してきております。

 

安部首相が本部長を務めている日本経済再生本部の下で行われている未来投資会議の平成30年4月13日の会合の資料では、「個人の予防投資の促進においては、民間保険の役割に期待」と記されています。
そこでは、契約者の健康度や行動変容に応じて、保険料の還付等を行う健康増進型の保険商品が紹介されています(下図参照)。

 

個人の健康増進や予防活動への投資を国は期待しており、そのマーケットが開拓されつつあり、今後広がっていくと予想されます。
認知症予防のための活動費を支援する保険の登場は、生命保険業界全体の動向と軌を一にしていると言えるのではないかと思います。

 

損害保険に関するトレンド

 

認知症をキーワードとする民間の損害保険の動きは、

  1. 認知症の方の法律上の損害賠償責任(日常生活で他人にケガをさせたり、他人の財物を壊したり等による)の補償
  2. 認知症の方が事故を起こしたときに、監督義務を負う別居の親族に発生する損害賠償責任の補償

とポイントをまとめられます。

 

これらは認知症に関係して個人にふりかかる損害賠償のリスクに対して、個人の責任で保険に加入するということですが、単に個人での対応に留まらない動きが出ています。

 

9月20日に神戸市が認知症対策「神戸モデル」を打ち出すと発表しました。
神戸モデルは事故救済制度を含みます。
事故救済制度は次のような仕組みです。来年(2019年)4月開始予定です。

 

  • 認知症と診断後、市が民間の損害保険会社に保険料を支払う。
    (市が保険料を肩代わりする)
  • 認知症の方あるいは家族が損害賠償責任を負った場合、最大2億円が支給される。
  • 被害者にも最大3千万円を見舞金として支払う。
  • 市民税を来年度から3年間1人あたり年間約400円上乗せして財源に充てる。

民間の保険会社のスキームに乗りながら、行政も責任を負ってリスクに対応していく仕組みとなっています。
市民に広く薄く負担を求めますが、その代わりに、民間の損害補償の範囲を超えて、被害者の見舞いの支給など事故後の総合的な対応(決着)を推進していく策と言えるでしょう。

注…神戸モデルは上記の事故救済制度及び認知症に関する診断助成制度からなります。診断助成制度は、2段階のそれぞれの検診の受診料を助成する制度です。1段階目は「認知症の疑い」の有無を診る認知機能検査、2段階目は専門の医療機関による精密検査です。

 

地域包括ケアでは「自助・互助・共助」というキーワードが謳われ、(地域包括ケアの進化形の)地域共生社会では、「我が事・丸ごと」がスローガンとして標榜されています。

 

認知症や予防、損害補償をめぐり、個人や民間が対応していくことや責任を負うこととは何か、あるいは、公の責任とは何か―保険に関する基本的な問いとして浮かび上がってきます。

 

また、「我が事・丸ごと」とは皆で皆を支える、地域全体で支え合うということですが、そこには認知症に関するリスクについて皆で皆をどう支えていくかという問題も内在しているのだと考えることができるかと思います。

 

時代のトレンドをつかみ、それぞれの立場(本人、家族、地域、事業者、行政)で進む道を選び取っていくことが求められています。

 

参考ページ

 

参考文献

  • 週刊東洋経済 臨時増刊 生保・損保特集2018年版(2018年10月3日発行)
  • 出口治明(2015)『生命保険とのつき合い方』岩波新書
  • 長沼建一郎(2018)「地域包括ケアと介護事故」(保健医療社会学論集 第29巻1号 2018年)

 

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