フランス発認知症ケア「ユマニチュード」の定量化を試みているレポートから①―BPSDの削減に寄与―

2019/10/01
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フランス発認知症ケアの「ユマニチュード」に関して紹介した認知症caféstでの過去記事は安定して高アクセスされており、ユマニチュードに対する世の人の関心の高さがうかがい知れます。今回は、ユマニチュードの実践をビデオで撮ってその特徴を数値で示すことを試みたケースレポートについて2回にわたりご紹介します。

ユマニチュードに関するCaféstの記事

・シリーズ「ユマニチュード」第1回~注目のフランス発認知症ケア~

・シリーズ「ユマニチュード」第2回~ケアの基本柱『見る』『話しかける』~

・シリーズ「ユマニチュード」第3回~ケアの基本柱『触れる』『立つ』~

・意識のない方とも対話はできる~ユマニチュードの講演会に参加して~

ケースレポートへのリンク

Miwako Honda, Mio Ito, Shogo Ishikawa, Yoichi Takebayshi, and Lawrence Tierney Jr, “Reduction of Behavioral Psychological Symptoms of Dementia by Multimodal Comprehensive Care for Vulnerable Geriatric Patients in an Acute Care Hospital: A Case Series”, Case Reports in Medicine, 2016. | Hindawi Publishing Corporation

このケースレポートでの分析対象者と分析方法

 

・対象者は急性期病院に入院している介護拒否が見られる認知症患者3名

・40人いる看護師のうち4名がユマニチュードの講義と実技の指導を受けた

・この講義を受けていない看護師による従来通りのやり方でケアがうまくいかなかったとき、講義を受けた看護師に代わり、ユマニチュードのケアを行う

・従来通りのやり方(以下、「従来型のケア」と呼ぶ)とユマニチュードのケアを比較できるように、一連の状況をビデオで記録

・ビデオの内容は「見る」、「話す」、「触れる」という観点で分析

・さらに、認知症患者に攻撃的な行動が見られたかどうかやケアが受け入れられていたどうかについても検討(これらは4人の経験豊富なケア専門職が状況を見て判定を行う)

・患者あるいは家族より書面での同意を得た上で以上の分析を実施

 

分析結果

1つの事例の結果の報告

ケースレポートでは3事例取り上げられ、細かく状況が記述されています。このうち1事例を紹介します。
対象者は以下のような方です。

 

急性期病院に入院中の93歳のアルツハイマー病の女性。腹壁の皮膚に膿瘍(うみ)が見つかり、静脈への抗生物質投与が開始になった。ADLは全介助で、認知症が進行している。コミュニケーション能力が低下しているため、認知症のスクリーニング検査MMSE(注:記憶力、計算力、言語力、見当識等の程度を測る)を実施できない。抗精神病薬が2種類処方されている。おむつ交換時に拒否が見られ、看護師に対して攻撃的になっていくため、ケアが困難である。

 

ビデオ分析の結果は以下の通り(下表)です。

従来型のケア ユマニチュード
全体 360.7 100.0 127.6 100.0
見る 0 0 5.5 4.3
話す 98.8 27.4 53.7 42.1
触れる 0 0 56.1 44.0
攻撃的言動 88.4 24.5 0 0

表:この表はレポートにもとづき、編集スタッフで作成

 

この表は次のように見ます。

 

・従来型のケアは全体で360.7秒かかり、ユマニチュードのケアでは127.6秒かかった。

・従来型のケアでかかった全体の時間(360.7秒)を100%としたとき、「見る」には0秒(0%)、「話す」には98.8秒(27.4%)、「触れる」には0秒(0%)かけられていた。一方、ユマニチュードでは全体の時間(127.6秒)を100%としたとき、「見る」には5.5秒(4.3%)、「話す」には53.7秒(42.1%)、「触れる」には56.1秒(44.0%)かけられていた。

・従来型のケアを行っているとき88.4秒(24.5%)は患者に攻撃的な言動が見られた。一方、ユマニチュードでは攻撃的な言動は0秒(0%)であった。すなわち、そのような言動は見られなかった。

 

3事例を平均した結果

結果は以下の通り(下表)です。

 

単位

従来型のケア ユマニチュード
全体 227.2 228.1
見る 0.6 12.5
話す 15.7 54.8
触れる 0.1 44.5
攻撃的言動 38.6 0.1

表:この表はレポートにもとづき、編集スタッフで作成

 

この表からは次のことが読み取れます。

 

・従来型のケアは全体で227.2秒かかり、ユマニチュードでは228.1秒かかった。

・従来型のケアでかかった全体の時間(227.2秒)のうち、「見る」には0.6%、「話す」には15.7%、「触れる」には0.1%の時間がかけられていた。一方、ユマニチュードでは全体の時間(228.1秒)のうち、「見る」に12.5%、「話す」に54.8%、「触れる」に44.5%の時間がかけられていた。つまり、「見る」、「話す」、「触れる」のそれぞれにおいて、ユマニチュードで多くの割合の時間がかけられていたことになる。

・従来型のケアの時間では38.6%の時間で患者に攻撃的な言動が見られたのに対し、ユマニチュードでは0.1%の時間で攻撃的な言動が見られた。

 

コメント1 急性期病院での医療・看護・ケアについて

従来型のケアとユマニチュードのケアの違いがくっきりと描かれています。これほどまでに違いがあるのでしょうか。
急性期病院での医療・看護・ケアの状況を確認する必要があるのではないかと考えたところ、次の立場表明があることを知りました。

 

「急性期病院において認知症高齢者を擁護する」日本老年看護学会の立場表明2016(2016年8月23日公開)| 一般社団法人日本老年看護学会(リンクあり)

 

多岐にわたり重要な考察が含まれている文書と思いましたが、ここでは「これほどまでに違いが出るのか?」という問いに関連する情報を幾つかピックアップしてみます。

 

 

・医療全体の状況として「効率・スピードを求める大命題”治療優先“の医療の元、本人の意思確認の形骸化や身体拘束が当たり前となっている

・急性期病院に認知症高齢者が入院し治療を受けるのが常態化したのはここ数年のことで、認知症患者の看護の経験に乏しい

・認知症高齢者は自分の意思を持ちながらもコミュニケーション障害によってそれを伝えられず、何もできない人、わからない人とステレオタイプ化されて認識されてきた

・急性期病院では認知症看護に関する学習よりも身体疾患や処理に関する教育が優先されている

 

 

 

生々しい記述と思いますが、上記の急性期病院でのスタンスとの対照を意識しながら、介護(特に認知症の方への関わり)のスタンスを幾つか列挙するならば、「時間をかけて」、「丁寧に」、「(言語以外の)非言語コミュニケーションも活用」などのキーワードが思い浮かびます。そもそも双方がまるで相容れないことが確認できます。

 

認知症高齢者がほとんどいない状況で、急性期病院で「効率・スピード」を優先するならば、「見る」、「話す」、「触れる」は必要がなかったということでしょう。「見る」、「話す」、「触れる」という関わりが非効率と考えられていたことになります。しかし、認知症高齢者に受け入れてもらえるには、このような関わりができなければならないということが劇的にこのレポートでは描かれています。

コメント2 ユマニチュードの技法と哲学

復習になりますが、ユマニチュードにおいて、「見る」とは、認知症の方の視野が狭くなっている状況下で、正面から話しかけ、目を合わせる機会を多くつくることであり、それにより、認知症の方に「自分が存在しているし、ここにいてよい存在なのだ」と思ってもらえることを目指しています。「話す」とは、相手にとって気持ちが良い言葉かけや、ポジティブな言葉で説明をしながらケアをすることであり、それにより、認知症の方に「自分が大事にされている」と思ってもらえることを目指しています。「触れる」とは、手のひらをつかって、包み込むように、優しく、ゆっくり触れていくこと(スキンシップ)であり、それにより親密感や絆を深め、安心感を抱いていただけることを目指しています。このように、技法と哲学をセットにして理解することが本質的であると思います。

コメント3 尊厳の保持につながる関わり

今回の結果からは、ユマニチュードが、「見る」、「話す」、「触れる」に時間をかけている技法であること、それにより認知症患者の攻撃的言動が減っていることが読み取れます。それは、ユマニチュードのケアの提供により、暴力、暴言などBPSDとも周辺症状とも言われる認知症の方の感情的な反応や行動上の反応の削減に寄与できることを示唆するものです。

 

数値化されることでユマニチュードのケアがどのようなものかの特徴が「見える化」されたのではないでしょうか。認知症の方に「自分がここにいてよい存在なのだ」とか、「自分は大事にされている」とか思ってもらえることは、介護保険法の理念にも掲げられている、「尊厳の保持」につながる関わりに他なりません。したがって、ユマニチュードのケアの「見える化」により尊厳の保持につながる関わりの方法が具体化され、手掛かりが得られたと言えるのではないかと思います。

 

ケアの時間の全体で、「見る」、「話す」、「触れる」にどれだけ時間をかけられているかや、どうしたらこれらに時間をかけられるかを振り返られたらいかがでしょうか。(注:このレポートでは取り上げられてはいませんが、ユマニチュードのもう1つの柱「立つ」も当然、意識すべきことであるだろうと思います。)

 

このレポートではもう1点、重要な結果がありますが、それは次回(←リンクあり)に述べます。

 

(文:星野 周也)

<本文で取り上げた以外の認知症Cafést内関連記事>

認知症とは

<その他参考>

認知機能の評価法と認知症の診断|日本老年医学会

 

 

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