過去にカフェストのコラム記事(後述)で取り上げたことがありますが、3年前の2017年、Lancetという海外の医学雑誌に、9つの認知症のリスク要因が発表されました。
3つの要因が追加されて計12個に
同雑誌の2020年8月8日付けの記事では新たに3つが追加され、計12個のリスク要因のモデルになったと述べられています。
全部で34ページある記事ですが、まず冒頭の数ページを読みました。
冒頭の数ページは主に「要約」の部分で、この記事の“key messages”を確認できます。
その段階ではありますが、(必要に応じて、記事本文の関連箇所にも目を通しながら)ご紹介できることをしていきたいと思います。
9つの要因と新たに追加された3つの要因
3年前のLancet(以下、Lancet2017と呼ぶ)と、今回のLancet(以下、Lancet2020と呼ぶ)で発表された要因を表にまとめました。
この表で確認していただけますとおり、新たに追加された3つの要因は、「外傷性脳損傷」、「過度のアルコール摂取」、「大気汚染」です。
リスク要因のモデルーライフコースモデルー
認知症の要因が人生全般にわたる(各年齢区分ごとに配置している)ということ
さきほど、「新たに3つが追加され、計12個のリスク要因のモデルになった」と申し上げました。「モデル」という言葉を無視しても、意味は通じるかと思いますが、英語では“life-course model”(以下、ライフコースモデルと呼ぶ)という書き方もされています。ですから、「モデル」とは、この12個の要因を、多数の先行研究をもとに、「45歳未満」、「45歳以上65歳以下」、「65歳より上」という年齢区分ごとに配置していることを踏まえたものと思います。
これによれば、認知症の要因は人生全般にわたっているという見方になります。
ライフコースモデルであることの政策的含意
これらの12個の要因が、遺伝など先天的要因ではなく、変えられる可能性がある要因だという点も大事なところです。
ライフコースモデルの見方に立てば、認知症予防のための政策も各年齢区分ごとに行うべきだということになります。例えば、子供のときの教育機会の保障のような政策がマスで見れば何%かの認知症予防(あるいは遅らせること)につながるという立場です。
ですから、変えられる要因というのは、単に個人の努力で「肥満を防ぐ」、「糖尿病を予防する」ということのみを促しているのではなく、社会的に環境整備をすることで、社会全体で「肥満」や「糖尿病」が起こりにくくなるようにしたらどうかという政策的含意も含んでいます。
新たに追加された3つの要因について
それでは、これからは、今回Lancet2020にて追加された認知症の3つの要因について言及したいと思います。
大気汚染と認知症の関係
3つの要因のうち、大気汚染と認知症の関係については、カフェストの記事にて、ある論文を詳しく紹介したことがあります。
こちらです。
新型コロナの流行がもたらしたクリーンな空ー大気汚染と認知症の関係ー(2020/05/29)
Lancet2020で「大気汚染」が12の要因の1つとして言及されたということは、カフェストで紹介した論文に限られず、研究の知見の蓄積があるということでしょう。
(カフェスト編集者のコメントです→)65歳を過ぎたら、空気がきれいなところで住みたいと思わされますね。
外傷性脳損傷と認知症の関係
■外傷性脳損傷とは?
本記事では、外傷性脳損傷に軽度、重度の区分がされています。
・軽度の外傷性脳損傷…脳しんとう
・重度の外傷性脳損傷…頭蓋骨骨折、脳浮腫、脳損傷、脳内出血
■外傷性脳損傷の原因
本記事では、以下の原因が列挙されています。
・車、オートバイ、自転車での損傷
・従軍時の被害
・ボクシング、乗馬、その他のスポーツ
・銃器
・転倒
■外傷性脳損傷と認知症の関係(いくつかの研究の知見)
・外傷性脳損傷は1年後の認知症リスクを高めていた。30年間の長期の期間で見ても、(1年後ほどではないが)認知症リスクを高めている結果であった。(スウェーデンで50歳以上の300万人を対象とした研究において)
・軽度の1つの外傷性脳損傷でも認知症のリスクを高めていたが、重度である場合や、複数の外傷性脳損傷の場合は、そのリスクがより高まった。(同上のスウェーデンでの研究において)
・外傷性脳損傷は他の身体部位の骨折よりも認知症のリスクが高かった。(デンマークで50歳以上の300万人を対象とした研究において)
■スポーツによる頭部外傷(慢性外傷性脳症)と認知症の関係
スポーツによる頭部外傷(慢性外傷性脳症)はまだ十分には特徴が把握されてはいないようですが、次の研究結果が出ています。
・スコットランドの昔のサッカー選手において、死亡診断書においてアルツハイマー病と死因が特定されている割合、及び、認知症関連の薬が処方されていた割合(注:薬の処方については治療上の記録に基づくものではないとのただし書きはあります)が有意に高かった。
過度のアルコール摂取と認知症の関係
■アルコール摂取(飲酒)に関する“key message”の確認
Lancet2020の冒頭の“key message”にて、アルコール摂取についてどう書かれているかをまず確認しましょう。大筋のまとめのメッセージと見て良い部分でありましょう。
アルコールの使用障害及びアルコール摂取が1週間に21ユニットより多い場合に、認知症のリスクが高まると書かれています。
■補足:1ユニットは純アルコール8gの量
この記事では1ユニットは純アルコール8gの量です。
1週間に21ユニットということは1日あたりでは3ユニットで、純アルコール24gの量です。
1日分弱に相当する純アルコール20gがどれくらいかを示します。
ビール(5%) | ロング缶1本 | 500ml |
日本酒 | 1合 | 180ml |
ウィスキー | ダブル1杯 | 60ml |
焼酎 | グラス1 / 2杯 | 100ml |
ワイン | グラス2杯弱 | 200ml |
チューハイ(7%) | 缶1本 | 350ml |
認知症のリスクを減らすという立場からは、この表に示された「ビールロング缶1本分あるいは日本酒1合あるいは(以下略)」が1日の適量と言い換えて良いでしょう。
■過度のアルコール摂取と認知症の関係(いくつかの研究の知見)
・週に14ユニット未満の飲酒と比較して、週に21ユニットより多く飲酒すること及びまったくお酒を飲まないことは、認知症のリスクを有意に高めていた。(イギリスの9087人を対象とした、23年間の追跡期間を有する研究において)
・(大酒飲みとまったくお酒を飲まない人を分析対象から外した解析にて)週に21ユニットより少ない飲酒は、認知症のリスクが有意に低かった。(イギリスの13342人を対象とした、5年間の追跡期間を有する研究において)
・アルコール依存などアルコール使用障害は65歳未満での認知症発症のリスクを高めていた。(フランスの3100万人を対象とした研究において)
(カフェスト編集者のコメントです→)“key message”は、「週に21ユニットより多く飲酒することが認知症のリスクを高める」でありました。一方、個々の研究では「まったくお酒を飲まない場合に認知症のリスクが高まる」という結果も出ているのですね。
まずは、“key message”で掲げられた見解を頭に入れておくのが良いと思います。
終わりに
Lancet2020にて新たに追加された3つの要因を紹介させていただきました。
その中で特に、「外傷性脳損傷」と「過度のアルコール摂取」につきまして、どの程度の脳損傷なのかや、どの程度のアルコール摂取なのかが個人的にも気になりました。そこで、記事本文の該当箇所を読み込み、ネットの情報も参考にして、読者の皆様に少しでも具体的にイメージを持っていただけることを目指して、紹介させていただきました。
Lancet2020は315本の先行の研究論文を参考にした34ページの記事です。本サイトにとっても、皆様にとっても有用な情報がたくさんあると思います。今後もさまざまな観点でご紹介していければと思います。
(文:星野 周也)
<認知症Cafést内関連記事①>(Lancet2017について)
<認知症Cafést内関連記事②>(その他)
<参考>
2. About us|The Lancet(医学雑誌Lancetのwebサイトでの自己紹介ぺージ)
4. 高血圧と糖尿病はどっちが高リスク? 認知症を避ける専門医の切り札 第2回 40代、50代から認知症のリスクが上がる? やるべき対策は?(著者は二村高史氏)|日経Gooday 2020/06/23
5. 認知症のリスク因子について|特定医療法人恵和会 石東病院 2020年9月10日
6. 12の危険因子を意識した認知症予防@世界アルツハイマー月間(著者は下畑享良氏)|Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文 2020年9月23日
9. オッズ比(疫学用語の基礎知識)|一般社団法人日本疫学会
10. Military Exposures|U.S. Department of Veterans Affairs
11. 慢性外傷性脳症(CTE:Chronic Traumatic Encephalopathy )|MSD マニュアルプロフェッショナル版
12. アルコール依存症の診断基準|特定非営利活動法人アスク
13. アルコール使用障害とリハビリテーション|MSDマニュアルプロフェッショナル版