意識のない方とも対話はできる ~ユマニチュードの講演会に参加して~
2019/06/21
こんにちは。編集スタッフのマツです。
ユマニチュードの発案者ジネスト先生の講演会に参加
去る6月13日に参議院会館にて、フランス発祥の新しいケアの手法であるユマニチュードの発案者、ジネスト先生の講演会に参加してきました。
内容はユマニチュードの紹介、具体的にはケアの様子の紹介や患者さんへの効果、ユマニチュードを取り入れた施設における経済的な効果など、多岐にわたりましたが、今回はこの講演を聞きながら思い出した、私の実体験についてご紹介します。
ユマニチュードとは
特徴的なポイントとして
- 原則的に身体拘束はしない
- 見る、話す、触れる、立つに重点を置く
- ケアする側もされる側も、同じ人間として対等な関係性の中で接する
と言った点が挙げられます。
詳細はカフェスト内の以下の記事をご覧ください。
- シリーズ「ユマニチュード」第1回 ~注目のフランス発認知症ケア~
- シリーズ「ユマニチュード」第2回 ~ケアの基本柱『見る』『話しかける』~
- シリーズ「ユマニチュード」第3回 ~ケアの基本柱『触れる』『立つ』~
ユマニチュードのような実体験
講演会で、ユマニチュードを受けて劇的に変化するケアの様子を伝える動画を見ながら、私がぼんやり考えていたのは独居高齢者である母のことでした。
私の過去記事でもたびたび登場している母ですが、昨年2月に意識不明で救急搬送され、約3週間ほどICUに入り、気管切開などの処置を受けていました。全盲の私は毎日母に面会に行き、意識のない母の手を握って話しかけることを繰り返していました。
その後は一般病棟に戻ったものの、意識は戻らないままの状態が1週間ほど続いていました。
担当の医師からは、いつ病状が悪化してもおかしくないこと、病状が改善する可能性はかなり低いことなどを告げられ、やんわりとですが延命治療を断念するよう求められていました。
病棟の看護師さんたちの対応も、意識のある患者さんに比べると、母へのそれは少し(しかし、はっきりと)粗雑で無機質で、作業じみていました。
意識のない人への問いかけ
そんなある日に医師から、母に胃ろうの処置をしたいとの話がありました。
私は母が以前から胃ろうを拒んでいたことを思い出し、母の手を握って胃ろうの是非を母に問いかけてみました。すると予想に反して、なんと母が反応するように手を握り返してきました。
私は母に、胃ろうをしてもよければ首を縦に、胃ろうが嫌なら横に動かすように質問してみました。すると、はっきりと、母は首を横に振ったのです。
意識のない人の意識を汲み取る
私はこのことを医師に伝え、胃ろうの処置を拒むと同時に、母には意識も判断能力もあること、万が一状態が悪化しても延命治療を続けることを伝えました。
医師とはちょっとした言い合いになりました。曰く「お母さまの状態で意識があるとは思えないし、会話もできない状態ですから、判断能力があるとは思えません」。
それに対して私は医師に、「確かに母は声に出して会話はできませんが、意思を伝えようとしています。私は私のやり方で母と意思疎通が取れている以上、一人の人間としての母の判断能力を支持します」と伝えました。
結局、根負けした医師が母の気管切開した箇所に“スピーチカニューレ”という装具を取り付けてみたところ、その場で母がしゃべりだし、胃ろうも取りやめになりました。
ユマニチュードではないけれど
このように私の母は奇跡的に回復しましたが、その原因は手を取るなどして母に触れたこと、話しかけたこと、そして母の意思を聞き取ろうという姿勢にあったのではないかと思うのです。
今回のジネスト先生の講演を聞きながら当時のことを思い出し、私がやっていたことはユマニチュードにはとても及ばないものの、それに近いことができていたのかもしれないなと感じたのでした。
そして今回の公演を聞いて、意識や判断能力の有無にかかわらず自分と同じ対等な一人の人間として接すること、そしてその人の意識に届くようにさまざまな手段~話しかけたり、触れたり、目を合わせたり~で伝えることが重要だということを、改めて思いました。