地中海食のおかげでスペインが世界最長寿国になる!?
2019/06/14
昨年(2018年)10月、世界的な医学雑誌「ランセット(The Lancet)」にて、2040年の世界各国の平均余命・平均寿命を推計した論文が発表されました。
2040年にスペインが世界最長寿国になる
そこではスペインが2040年に平均寿命が85.8歳で最長寿国になると記され、ニュースになりました(←スペイン、日本を抜いて世界一の長寿国へ 米研究機関予測 I CNN.co.jp)。
最長寿になるのは地中海食が要因か?
この発表を受けて、スペインが最長寿国になる理由の一つに地中海食が挙げられるのではないかという議論が一部でなされました。
そこで、地中海食はどういう食事か、及び、それとの関連でこの論文では何が語られているかについてお伝えします。
スペインが最長寿国になる理由の一つに地中海食を挙げている記事の例
- Spain will soon overtake Japan in life expectancy rankings.Here’s why | The World Economic Forum
- スペイン、日本を抜いて世界一の長寿国へ―その理由は?| BUSINESS INSIDER JAPAN
論文へのアクセス
注:スタッフSはPDFというアイコンから論文を入手できました。
地中海食の定義
ここに紹介するのは1993年に開催された「地中海食に関する国際会議」で決められた定義です。(注1)
□植物性食品(果物、野菜、パン、その他の穀物製品、豆類、種実類)が豊富
□加工度を最小限にとどめた、季節折々のその地域で育てられた新鮮な食品を使う
□典型的なデザートとして新鮮な果物を食べる
ただし、お祭りの日にはナッツ類、オリーブオイル、精製した砂糖または蜂蜜でできた菓子類を食べる
□油脂類の主たる摂取源としてオリーブオイルを用いる
□少々か適量の乳製品(おもにチーズとヨーグルト)を食べる
□卵の使用は週に4個未満
□赤身肉の使用はまれであり、少量
□少々か適量のワインを普通は食事とともに飲む
地中海食に関する健康のエビデンス
エビデンスとして知られているものを幾つか列挙します。(注1, 2)
□脳卒中・心筋梗塞の発症率・死亡率を減らす
□糖尿病の発症率を減らす
□がんの発症率・死亡率を減らす
地中海食はマインド食(認知症予防効果ありとみられる)の構成要素
そして、過去にカフェストの記事「認知症予防に効く!?マインド食」で取り上げましたとおり、地中海食とDASH(アメリカ発高血圧改善のための食事法)を組み合わたマインド食(MIND食)がアルツハイマー病の発症率を低下させるという研究結果が出ています。
ランセットに発表された論文が伝えていること
いよいよスペインが世界最長寿国になることを示した論文をご紹介します。
しかし、スタッフSにはこの論文は一部難解で、隅々まで理解できたと言えませんので、今回のテーマに関連づけて読み取ったことをお伝えします。
この論文が行っていること―方法―
195の国と地域に対して、250の死因や79の健康(を牽引する)要因をモデルに組み入れるなどして、2040年の平均余命を推計しています。そして、健康の未来予測のシナリオは、ベターシナリオ、基準シナリオ、ワースシナリオの3つを提示しています。ベターは基準と比べてより健康、ワースは基準と比べてより不健康ということです。
注:将来の死因を世界規模で推計していくGBD(Global Burden of disease)という研究の蓄積があり、今回のランセット論文もGBD研究を参考にしていると記されています。GBD研究は1991年に開始され、今日まで継続されています。(注3,4)
論文要旨に示された主要知見
1. 2016年から2040年にかけて世界全体で男女とも4.4歳寿命が伸び、男性74.3歳、女性79.7歳になる。ベターシナリオでは男性77.8歳、女性82.5歳になり、ワースシナリオでは男性69.5歳、女性75.2歳になる。ワースシナリオでは寿命が2016年と同程度になる。
2. 日本、シンガポール、スペイン、スイスは2040年に男女とも寿命が85歳を超える。
(スペイン85.8歳、日本85.7歳、シンガポール85.4歳、スイス85.2歳 ← 年齢はこちらの記事から引用)
3. サハラ砂漠より南のアフリカのうち、中央アフリカ共和国、レソト、ソマリア、ジンバブエは65歳を下回ったままである。健康格差がまだ残っていることを示す。
4. 寿命が低いことを乗り越えた大半の国において基準シナリオとベターシナリオの差を生む要因は、高血圧、空腹時の高い血糖値、喫煙、肥満、微粒汚染物質(大気汚染)であり、これらの要因に対しては保健施策等で対策をすべきである。
より詳細な知見1 平均寿命に達する前に亡くなってしまう原因(病気や事故など)の順位の変化
病気、障害、事故などで平均寿命に達するまでにどのくらい亡くなってしまう(死亡年齢と平均寿命までの差の年数を生存の損失年数と考える)かを定量的に指標化(年齢ごとの死亡数と損失年数の積で計算できる)したものをYLLs(The Years of Life Lost、日本語で損失生存年数)と呼びます。この論文では2016年と2040年のYLLsの順位が示されています。これは平均寿命に達する前に亡くなり(早死にして)、どれだけの人のどれだけの生存年数が失われることになったかの定量化により原因のインパクトの大きさをランキング化したものと言えます。
注:表の色の意味は後述
1位 | 虚血性心疾患(心筋梗塞など) |
2位 | 脳卒中 |
3位 | 下気道(気管支、肺)感染 |
4位 | 下痢性疾患 |
5位 | 交通事故 |
6位 | マラリア |
7位 | 早産 |
8位 | HIV(エイズ) |
1位 | 虚血性心疾患(心筋梗塞など) |
2位 | 脳卒中 |
3位 | 下気道(気管支、肺)感染 |
4位 | COPD(慢性閉塞性肺疾患) |
5位 | 慢性腎臓病 |
6位 | アルツハイマー病 |
7位 | 糖尿病 |
8位 | 交通事故 |
色は疾患群の分類を示します。
青色は非感染性の疾患(NCDs)、赤色は感染性疾患、出産前後から5歳くらいまでの母子の疾患、栄養性疾患、緑色は傷害の分類になります。
2016年から2040年にかけて、平均寿命までの生存を損失させる要因が赤色から青色(NCDs)へシフトしていくと推計されていることが分かります。
より詳細な知見2 健康の未来予測の3つのシナリオの差を生む要因のうち、食事に関するもの
論文では3つのシナリオの差を生む要因についても記されています。
ここからはベターシナリオに近づく(より健康になる)ためにすべきことの示唆が得られます。
なお、YLLs(どれだけの人のどれだけの生存年数が失われることになるか)の絶対量も大きく、ベターシナリオとワースシナリオの差を広げてしまうリスク要因としても最も大きいのは高血圧、空腹時の高い血糖値、喫煙、肥満の4つで、微粒汚染物質(大気汚染)、アルコール摂取の2つがそれに続いています。
そして、3つのシナリオの差を生むリスク要因(ワースシナリオに寄ってしまう要因)のうち、食事に関するものは以下の通りです。
【食事に関するリスク要因】
・全粒穀物の摂取が低い
・果物の摂取が低い
・ナッツなど種実類の摂取が低い
・塩分が多い
・オメガ3脂肪酸の摂取が低い
・野菜の摂取が低い
・食物繊維の摂取が低い
・マメ類の摂取が低い
コメント1 ―認知症はがんや糖尿病と並び長寿を達成した段階での健康課題である―
まず、認知症Caféstとしては、2040年の早死の原因の6位にアルツハイマー病が挙げられていることを指摘しておきます。
アルツハイマー病やその他の認知症はベターシナリオ、基準シナリオ、ワースシナリオのいずれにおいてもYLLs(平均寿命までの損失生存年数)が増すと推計されています。それは幾つかのガンや糖尿病においても成り立っています。
出産女性や5歳未満児の死亡率が改善し、人口の高齢化が進んだことの結果と考えられます。アルツハイマー病やその他の認知症が長寿を達成した段階での健康課題であることが確認できます。
コメント2 ―地中海食のおかげでスペインが世界最長寿国になる!?―
先に挙げた地中海食の定義のなかで明確に人々の健康をベターシナリオに近づけると言えるものは野菜の摂取が多いことと果物の摂取が多いことです。野菜と果物の摂取を通して食物繊維が多いとも言えるかもしれません。よって地中海食がスペインを長寿国の方向に近づけているとは言えそうですが、地中海食が最適なのかについては議論の余地があると思います。
そして、さきほどの食事リスト(ワースシナリオに寄ってしまう食事に関するリスク要因で、翻って言えばここを改善できればベターシナリオに近づくことができる要因とも言い換えられる)を見て、人々の健康をベターシナリオに近づけるのにより最適なのがマインド食だということが分かります。
【マインド食の特徴―食事リストとの関連で―】
・全粒穀物の摂取が多い
・ベリー類の摂取が多い(≒果物の摂取が多い)
・ナッツ類の摂取が多い
・魚の摂取が多い(これを通してオメガ3脂肪酸の摂取が多いと間接的に言える可能性あり)
・緑黄色野菜やその他の野菜の摂取が多い
・(全粒穀物、ナッツ類、野菜の摂取が多いことから)食物繊維の摂取が多い
・マメ類の摂取が多い
マインド食はさきほど挙げた食事に関するリスク要因をほぼ解消することが分かります。ただし、さきほどの食事リストに掲げられながら、マインド食の定義からで語ることができないと思われるのが塩分の量になります。
そして、以前の記事「和食 VS マインド食① 概論―認知症予防に効く!?―」で指摘したとおり、日本人の食事は塩分が多いことを特徴としています。(注1,2,5)ですから、日本人がマインド食を実践するにあたっては塩分の量にも留意が必要になります。
コメント3 ―まとめ―
人間社会は、乳幼児で亡くなることを免れるようになり、長寿社会を達成してきましたし、今後も(国際的な)母子保健の領域での改善で、長寿社会が推進されていくと推計されています。しかし、早死を免れるようになった大半の社会でもまだ改善の余地が残されています。
認知症予防に効くとして位置づけてきたマインド食(地中海食+DASH)が、さらなる長寿を実現するための鍵となる食事の実践であることが、ランセット論文の視点からも描かれていると思います。
(文:星野 周也)
<注>
注1:佐々木敏(2015)『佐々木敏の栄養データはこう読む』pp.229-236, 女子栄養大学出版部
注2:津川友介(2018)『世界一シンプルで科学的の証明された究極の食事』pp.62-69, 東洋経済新報社
注3:世界の疾病負担研究(GBD 2010)~世界の疾病構造の劇的な変化がはじめて明らかに~ I 東京大学大学院医学系研究科・医学部のサイト
注4:平成30年度厚生労働科学特別研究事業(我が国の疾病負担に基づく医薬品、医療機器及び医療技術の開発等の資源配分の確立のための研究)の成果について | 第110回 厚生科学審議会科学技術部会 資料
注5:国立研究開発法人国立循環器病開発センター(2017)『認知症リスク減!続々国循のかるしおレシピ』pp.12-17, 株式会社セブン&アイ出版社