アルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」及び血液診断について―米国での国際学会報告から(2019年12月)―

2019/12/12
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今月(2019年12月)4日から7日まで米国カリフォルニア州サンディエゴで開催された第12回アルツハイマー病臨床試験会議(Clinical Trials on Alzheimer’s Disease: CTAD)にて、エーザイとバイオジェンが共同開発中のアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」の臨床試験の詳細データが公表され、話題になっています。(注:この結果に基づき、2020年の早い段階で新薬承認申請を予定しているとのこと) 

 

また、この国際学会では、エーザイとシスメックスが共同開発中の血液によるアルツハイマー病の診断法についても報告されたようで、興味深く思っています。早期診断と早期治療はセットで考えるべきであり、早期に異常(アルツハイマー病)を検知できたならば、治療の効果も高まるであろうからです。

 

カフェストにも、最新動向として書き留めておきたいと思います。

アルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」に関する記事

エーザイが大幅に3日続伸、新アルツハイマー薬の詳細データ公表|朝日新聞2019126日付

認知機能低下の進行遅く 米製薬・エーザイ新薬の開発|日本経済新聞2019年12月6日付(有料会員限定)

アルツハイマー新薬候補、認知機能の低下2割抑える…米企業報告|読売新聞2019年12月11日付

血液によるアルツハイマー病診断法に関する記事

アルツハイマー病の早期診断に道 シスメックス|日本経済新聞2019年12月9日付(有料会員限定)

アルツハイマー病、血液診断に道|日本経済新聞20191210日付(有料会員限定)

「アデュカヌマブ」と血液診断に関する国際学会で報告された結果

研究開発の深部に立ち入る力は十分にはないのですが、理解できる範囲で、内容を確認しました。

 

アルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」の臨床試験の経過と結果

 

・20193月に一度、「アデュカヌマブ」の試験は、目標(≒治療効果)を達成できる可能性が低いとして中止になった。

・解析対象者数を増やして、バイオジェンが再解析を実施した。

・1つの試験における結果であるが、アデュカヌマブが高用量投与された人たちにおいて、比較対象(≒アデュカヌマブが投与されていない)の人たちと比べて、記憶、見当識、言語などの認知機能の悪化が統計的に有意に抑制された。

・同時に、アデュカヌマブが高用量投与された人たちでは、比較対象の人たちと比べて、アミロイドβが脳内から統計的に有意に減少した。(頭痛などの副作用も見られた。)

・前回の結果との違いについて、バイオジェンは、解析対象被験者数の増加のほか、より多くの被検者に高用量投与を可能とする研究デザインに変更したことなど複数の要因が関与したと考察している。

 

研究結果についての補足①―想定されている因果関係―

今回の研究結果は、「認知機能の悪化が抑制されたこと」と、「脳内からアミロイドβが減少したこと」が同時に起こったという結果ですが、「脳内からアミロイドβが減少したから、認知機能低下の進行が遅くなった」と、2つの間に因果を想定して、結果は理解されているものと思います。

研究結果についての補足②―アミロイド仮説(復習)―

この因果関係は、以前の記事で紹介したとおり、アルツハイマー病の病理に関するアミロイド仮説に立脚しています。アミロイド仮説は以下のとおりです。

 

アミロイドβというタンパク質が脳の神経細胞の外で異常に蓄積する。これが引き金となり、もう一つの病変としてタウというタンパク質の異常な蓄積(神経原線維変化と言われる)が起こる。アミロイドβの蓄積や神経原線維変化が、神経細胞の機能障害を誘発し、細胞死に至らしめる。その結果、認知機能の低下やアルツハイマー病の発症が見られる。(このアミロイド仮説に基づけば、蓄積されたアミロイドβを破壊することが、アルツハイマー病の効果的な治療法になると導かれる。)

 

血液診断に関する解析の結果

概説

脳内のアミロイドの状態を把握するためには、現在は、アミロイドPETと脳脊髄液の検査を行いますが、今回の報告において、血液での検査結果と、アミロイドPETに基づく判定結果との間に関連性が認められました。このことは、アミロイドPETでの判定を、血液検査で代替できる可能性を示しています。

研究結果についての補足①―アミロイドPETと脳脊髄液の検査―

PET(ポジトロン断層撮影)は、放射性薬物を体内に取り込ませ、放出される放射線を特殊なカメラでとらえて「脳の働き」を画像化します。ブドウ糖や酸素の代謝の状況を確認でき、脳内のアミロイド凝集状況を検出できます。しかし、PETの検査ができる病院・施設は限られているほか、アルツハイマー病の診断を目的とする場合に、自由診療扱いになり、高価である(ある病院の事例ですが、14万ほどかかります)という課題がありました。

 

また、脳脊髄液を採取するには、腰椎穿刺(ようついせんし)と呼びますが、背中から針を刺して採取します。痛め止めの麻酔をします。こちらは、痛みなど身体への負担が高いという課題がありました。

研究結果についての補足②―脳脊髄液の検査の考え方―

アミロイドβは、40個前後のアミノ酸がつながったタンパク質ですが、複数種類があります。アミノ酸が40個のアミロイドβ1-40と、42個のアミロイドβ1-42(注:1-401-42はβの右下に記載する書き方もあります。)の比率(適宜、Aβ1-42/Aβ1-40と略する)―とりわけ、脳脊髄液中におけるこの比率(Aβ1-42/Aβ1-40)―が、アミロイドPETの結果と高い相関を示すことが知られており、脳脊髄液中におけるこの比率が、脳内のアミロイドの状態の把握に活用されていました。

 

今年の7月に開催されたアルツハイマー病協会国際会議にても、今回の国際学会の報告でも、血液中の2つのアミロイド比率(Aβ1-42/Aβ1-40)と、脳脊髄液の中のこの比率(Aβ1-42/Aβ1-40)との間に関連性―血液中のこの比率が高い(低い)場合に、脳脊髄液中のそれも高い(低い)という関連性―が確認されています。

今回の国際学会での報告内容とその可能性について

今回の国際学会で報告された、血液での検査結果と、アミロイドPETに基づく判定結果との間の関連性とは、血液中の2つのアミロイド比率(Aβ1-42/Aβ1-40)と、アミロイドPETに基づく判定結果との関連性ということです。よって、(総合すると)アミロイドPETに基づく判定結果、脳脊髄液中のAβ1-42/Aβ1-40、血液中のAβ1-42/Aβ1-40―これらの者の間には互いに関連性が認められ、3者のうちのどれかの結果が得られれば、他の2つの結果も予想できるという議論につながります。

血液検査(血液診断)に関する解析のまとめ

 

・脳内のアミロイドの状態を把握するために、既に活用されている、アミロイドPETと脳脊髄液の検査のそれぞれにつき、血液検査の結果と統計解析上の関連性を示す結果が得られた。

・従って、血液検査により、脳内のアミロイドの状態を把握できる可能性、すなわち、血液検査により脳内の状態を診断できる可能性が示唆された。

 

コメント①―「アデュカヌマブ」の試験結果について―

アルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」の試験では、脳内のアミロイドの減少と、(表面に現れる)認知機能の悪化抑制との関連性が検討されています。これは18カ月間の試験期間があり、この期間の中での各被検者における、脳内のアミロイドの変化と、認知機能の変化との間に関連性―アミロイドが減り、認知機能の悪化が抑制された―が認められたという結果でした。

 

一方、以前の記事で記したとおり、アメリカの修道女678名を対象とした研究で、修道女が亡くなった時に脳を解剖した結果から、脳内の状態と、認知機能の低下との関係に、(個別に見れば)個体差が認められていることも知られています。つまり、脳内でアルツハイマー病が進行していても、認知機能に異常がなかったという人がいましたし、逆に、脳内でアルツハイマー病が進行していなくても、認知機能が低下している人がいました。

 

後者の修道女を対象とした研究からは、脳内のアミロイドβの状態ですべてが決まることはなく、個体差―認知機能の低下が認められた場合の脳内のアミロイドβの多寡における差、あるいは、アミロイドβの蓄積が認められた場合の認知機能の低下の程度の差―があるものと思われます。しかし、「アデュカヌマブ」の試験結果は、ひとりの個人におけるアミロイドβが多い状態と、少ない状態とでは、少ない状態の方が、認知機能の悪化が抑制されることを示唆する結果と言えます。垢を落とすというように、脳内のゴミと比喩されるアミロイドβがたまってしまったならば、取り除いた方が良いのではないかと思わされる結果であったと言えます。(注:1つの試験では認知機能の悪化を抑制できましたが、別の試験では抑制できなかったという結果も公表はされており、1つの試験の結果からの過剰な期待は慎むべきではあります。)

コメント②―血液診断による解析結果について―

繰り返しになりますが、アルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」の試験では、脳内のアミロイドが減り、認知機能の悪化が抑制されたという結果が得られました。脳内の状態、及び、症状の2つで変化があったということでした。

 

一方、柳澤勝彦氏へのインタビュー記事(←リンクあり)に示されているとおり、アルツハイマー病患者の脳では、認知機能低下が起こる20~30年前から変化が始まっていると言われていることを踏まえると、診断にあたっては、症状としては変化がなくても、脳内で起こっている変化を捉えることが求められます。2018年に米国食品医薬品局(FDA)が出した声明では、PET検査などのバイオマーカーの変化が認められれば、症状の変化の有無によらず、薬を承認する方針に変わったということです。(注:バイオマーカーは、血液や尿などの体液や組織に含まれる、タンパク質や遺伝子などの病気の変化や治療に対する反応に相関し、指標となるもののことです。)

 

治療を目指した場合は2つが同時に変化することを評価していますが、診断を目指した場合は、2つのうち1つが変化する(これも、残りの1つが現在で変化は見られずとも、未来には変化する―認知機能の低下という症状があらわれる―だろうと見込んでいる)ことを評価をしており、目標が治療なのか診断なのかで違いがあることが確認できます。

 

今後の動向にさらに注目してまいります。

 

(文:星野 周也)

 

<参考>

アデュカヌマブ臨床第Ⅲ相試験で得られた大規模データセットの新たな解析結果に基づき、アルツハイマー病を対象とした新薬承認申請を予定|エーザイ株式会社のニュースリリース(2019年10月22日付)

同上|バイオジェンのプレスリリース(同日付)

バイオジェンのアデュカヌマブ、試験1つでは臨床症状の進行抑制せず|ブルームバーグ(2019年12月6日付)

血液による簡便なアルツハイマー病診断法の創出に向けた学術報告~第12回アルツハイマー病臨床試験会議(CTAD)における発表内容について~|エーザイ株式会社のニュースリリース(2019年12月9日付)

同上|シスメックスのニュースリリース(同日付)

腰椎穿刺検査|慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト 

脳脊髄液検査|CMT友の会

アルツハイマー病 髄液検査で診断精度向上 湘南藤沢徳洲会病院|徳洲会グループ

アルツハイマー病超早期発見のための血液アミロイドβの質量分析|IROOP あたまの健康応援プロジェクト

アルツハイマー病変の早期検出はどんな可能性をひらくのか|医学書院

PET(ポジトロン断層撮影)|認知症フォーラムドットコム

検査依頼時の注意事項|東京女子医科大学病院 総合外来センター 核医学・PET検査室

バイオマーカー|国立がん研究センターがん情報サービス

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