太極拳による認知機能の改善効果―動くことが薬になる―

2020/01/30
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ハーバードメディカルスクール(注:以下、適宜、HBSと略します)のフェイスブックをフォローしていますが、先日、太極拳(tai chi)が認知機能を改善させるという記事(“A sharper mind: tai chi can improve cognitive function”)がシェアされておりまして、内容を確認して、簡単にまとめてみました。
ハーバードメディカルスクールからは時折、太極拳についての発信がありますので、気になっておりました。

「動くことが薬」、「動く医薬」と英語で表現される太極拳

太極拳は、HBSの別の記事(“The health benefits of tai chi)によると、“medication in motionと今後、表現されるようになるのではないかと指摘されています。

 

直訳すると、「動くことのなかでの薬」ですが、「動くことが薬」(注:「動く医薬」と訳している文章も見つけています。)という表現が合っているように思います。

(注:“meditaion in motion”―「動くことのなかでの瞑想」―という表現が実際に太極拳に対してしばしば使用されているとのことです。これにならって、“medication in motion”という表現も今後、普及するであろうというのがHBSの記事での話の流れです。)

 

太極拳は中国の武道に起源を持つ運動ですが、さまざまな病気の治療や予防効果があることが知られるようになったために、“medication in motion”(「動くことが薬」、「動く医薬」)という言葉が着想されたようです。

 

太極拳による認知機能の改善効果

認知機能の改善効果①―実行機能を改善させる―

A sharper mind: tai chi can improve cognitive function”によりますと、
太極拳と認知機能の結果に関する20個の研究の結果を統合して統計解析(注:メタアナリシス)したところ、認知機能の低下が認められていない人たちにおいて、太極拳により、認知機能のうち実行機能を改善させているとの結果が得られました。

 

実行機能は、マルチタスク(同時に複数の課題や作業に対処する)を遂行したり、時間を管理したりする能力です。
マルチタスクについては、例えば(注:カフェスト編集スタッフによる例示)、ある時間で、ご飯をつくり(炊飯)ながら、みそ汁をつくり、おかずを何品かつくるという場面をイメージしてください。同時に複数の課題(ご飯、みそ汁、おかず)に対処していることになります。

 

それぞれの課題に対処するために、「ご飯をつくる」、「みそ汁をつくる」、「おかずを何品かつくる」というそれぞれの手順を頭に入れ、段取りを考えて、それぞれ(ごはん、みそ汁、おかず)の工程を短時間で切り替えながら進めていくと思います。意識はしていないかもしれませんが、あえて分解してみると、「頭(脳)を使う高度なこと」として浮かび上がってくるのではないかと思います。
上記の状況における「段取り」が実行機能を端的に理解する際のイメージと思います。

認知機能の改善効果②―認知症への進行を遅らせる―

続いて、上記の解析―太極拳と認知機能の結果に関する20個の研究の結果を統合した統計解析―の結果、軽度認知障害(MCI)のある人々において、太極拳が他の運動よりも、認知症への進行(移行)を遅らせていたということです。

太極拳の健康効果

太極拳の健康効果①―認知機能に対する効果の機序―

太極拳の健康効果を考えるにあたっては、脳の機能や発達に関する知見の変化を踏まえる必要があります。

 

20年前までは、脳は人生の早い時期においてのみ、細胞を産み出すと考えられていた。しかし、生涯にわたり、脳が可塑性を持ち、新しい細胞を発達させたり、新しい細胞間のつながりをつくったり、細胞のサイズを増大させたりすることが分かってきている。

出典:“A sharper mind: tai chi can improve cognitive function

 

別の書籍(『在宅医療カレッジ 地域共生社会を支える多職種の学び21講』)では、レビー小体病当事者として紹介されている樋口直美さんが同様のことを言われています。

 

認知症の場合、脳って、医学的には壊れる一方といままではいわれてきました。
でも、脳って、そんな単純なものじゃないんですよね。どこかの部位が壊れたら、別のどこかが発達したりするんです。壊れる一方じゃないことが脳科学の進歩でわかってきました。

 

この脳の変化―新しい細胞を発達させる、新しい細胞間のつながりをつくる、細胞のサイズを増大させる―が認知機能を改善させると考えられており、太極拳や他のいくつかの運動は、この機序による改善を促すものであるようです。

太極拳の健康効果②―その他の心身に対する効果―

太極拳には筋力強化、柔軟性やバランス能力の向上などの効果もあります。その動きにスピードが伴うなどすれば、有酸素運動が持つ効果も持ちえると言われています。

 

太極拳の効果に関して、武術太極拳元日本代表の市来崎大祐さんの次の言葉が伝わると思いました(出典記事へのリンク)。それは太極拳の特徴も伝えてくれているからと思います。(注:もっとも、100%の分かりやすさかと言うとそうではないですが、伝わる文章だと思いました。)

 

通常の筋力トレーニングでは鍛えにくい、瞬発力などに使うエキセントリックトレーニング(速筋強化)は、太極拳や日本舞踊のような中腰になる姿勢が効果的とされます。また、速筋は30代になると急激に衰えていくので、このトレーニングを使った太極拳は基礎代謝の向上にも効果的です。

 

ストレッチやヨガの場合、一つの方向に伸ばす運動が多いですが、太極拳の動きは3Dムービング。さらに陰陽マークに象徴されているような、ワンポーズで終わらず循環しながら、常に動き続けるのが太極拳の大きな特徴といえます。太極拳は円の運動、腰の回転もありいろいろな方向に3次元に動くので、全身をまんべんなく動かすことができて、体への負担も少ない。一方向で止める動きの場合、とくに高齢者には負荷が大きくなりますが、人間の関節は円運動ができる仕組みになっているので、呼吸とともに軽負荷で少しずつゆっくり動き続けることで、負荷をかけずに運動を行うことができます。

 

上記の引用部分以外でも、「体重移動を伴った流れるような動き」、「呼吸と共に力を抜き、自分に意識を向ける」、「さまざまな動きをつなげる(ワンポーズではなくムーブメント)」、「脂肪を燃焼する有酸素運動と、糖質を燃焼する瞬発的な動きを両方兼ね備える」など太極拳のキーワードと思われるものを当該記事から拾い上げると、太極拳の健康効果の背景が浮かび上がってくると感じます。

編集スタッフのコメント―動くことが薬になる―

太極拳、その名前は以前から見聞きしていましたが、詳しくは知らず、今回の記事執筆を通して奥行が垣間見え、関心が深まりました。

 

私はマラソン、ジョギングが趣味です。職場が皇居に近いので、勤務の前や後に、皇居を1~3周走ります。長く続けていきたい趣味です。
マラソン、ジョギングで、持久力強化、体重コントロールなどの効果を期待していますが、筋力強化や柔軟性の向上の取り組みは足りていないのではないかと思っています。

 

なので、そのための取り組みとして太極拳はリストには入りました。認知機能を改善させる効果もあるという点は興味深いですし、「動くことが薬になる」という含意を持つ“medication in motion”という英語表現に妙味も覚えます。
ともあれ、いろいろな候補を探して、自分に合った運動を見つけていきたいと思っています。

 

(文:星野 周也)

 

 

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