『コロナ時代の僕ら』あとがきに続いてー欧州の介護現場からも忘れたくないこと―

2020/04/21
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こんにちは。
本日は、大学の先輩で、大学の教員(社会学)をされている方が、フェイスブックでシェアをされていたweb記事をご紹介します。コロナウィルスの感染の爆発で混乱するイタリアから緊急刊行されるエッセイがあるそうですね。

以前とまったく同じ世界を再現したいのか?

そのweb記事のタイトルがこちらで、強い関心を持ちました。

【全文公開】「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」『コロナの時代の僕ら』著者あとがき

出典:早川書房の書籍&雑誌コンテンツを紹介するHayakawa Books & Magazinesβ)の202047日付のnoteから

 

すべてが終わった時、以前とまったく同じ世界を再現したいのか…。
新型コロナウィルスの感染が人間社会のなかを無差別に拡大していくのを目の当たりにし、社会全体で外出自粛、テレワークなどの行動変容が強く要請されて、12か月前には想像もしていなかった、自分自身や周囲の生活上での甚大な変化を実感させられたならば、認識は変わらざるを得ないだろうと思います。「以前とまったく同じ世界」になるとはもはや思うことは出来ないのではないでしょうか。

『コロナ時代の僕ら』

『コロナの時代の僕ら』はイタリアを代表する小説家であり、物理学博士でもあるパオロ・ジョルダーノによるエッセイです。

noteによれば、イタリアでコロナウイルスの感染が広がり、死者が急激に増えていった本年2月下旬から3月下旬に綴られました。

 

 

日本語に翻訳された書籍版(amazon)が4月24日に発売予定です。先行して4月10日にネット上にて期間限定で本文全体が公開され、現時点(4月18日)ではあとがきのみが公開されている状況です。

「まさかの事態」

才能ある優秀な人がイタリアで何を思ったのでしょうか?

 

「まさかの事態」がイタリアに及び、自分自身に及んだ状況について、次のように書かれています。

 

振り返ってみれば、あっという間に接近されたような気がする。「六次のへだたり」理論が本当かどうか、僕は知らない。知りあいのつてをたどっていくと、驚くほどわずかな人数を介しただけで世界の誰とでもつながってしまうという、あの話だ。でも今度のウイルスは、まるで網の目をたどる昆虫のように、そんなひとの縁(えん)の連鎖によじ登り、僕たちのもとにたどり着いた。中国にいたはずの感染症が次はイタリアに来て、僕らの町に来て、やがて誰か著名人に陽性反応が出て、僕らの友だちのひとりが感染して、僕らの住んでいるアパートの住民が入院した。その間、わずか30日。そうしたステップのひとつひとつを目撃するたび――確率的には妥当で、ごく当たり前なはずの出来事なのに――僕らは目をみはった。信じられなかったのだ。「まさかの事態」の領域で動き回ることこそ、始めから今度のウイルスの強みだった。僕らは「まさか」をこれでもかと繰り返した末に、自宅に閉じこめられ、買い物に行くために警察に見せる外出理由証明書をプリントアウトする羽目となった。

 

中国にいたはずの感染症は、APPBB Newsの記事によれば、20日4時現在、193の国・地域で236万人の感染が確認されるまでになり、死者は16万人に及んでいます。

注:WHOのぺージでは19日18時時点で、224万人の感染、死者は15万人となっています。

 

感染分布の世界地図を見ていると、グローバル社会での人々の自由な動きの履歴ないし渡航先での足跡が色付けされて積み重なり、濃くなっていったという感覚を覚えます。

忘れたくない物事のリストーもとに戻ってほしくないこと―

パオロ・ジョルダーノは、誰もが忘れたくない物事のリストをつくり、平穏なときが戻ってきたら互いのリストを見比べたらどうかと言っています。
そして、それは元に戻ってほしくないことを考えることだと言ってます。

 

そして、彼自身も忘れたくない物事を幾つか例示しています。

 

でも僕は忘れたくない。最初の数週間に、初期の一連の控えめな対策に対して、人々が口々に「頭は大丈夫か」と嘲(あざけ)り笑ったことを。長年にわたるあらゆる権威の剥奪(はくだつ)により、さまざまな分野の専門家に対する脊髄(せきずい)反射的な不信が広まり、それがとうとうあの、「頭は大丈夫か」という短い言葉として顕現したのだった。不信は遅れを呼んだ。そして遅れは犠牲をもたらした。

 

僕は忘れたくない。結局ぎりぎりになっても僕が飛行機のチケットを1枚、キャンセルしなかったことを。どう考えてもその便には乗れないと明らかになっても、とにかく出発したい、その思いだけが理由であきらめられなかった、この自己中心的で愚鈍な自分を。

 

このように社会や人々のあり方、自分自身のあり方に対する忘れたくないこと、元に戻ってほしくないことが次々と記されています。

欧州の介護現場からも忘れたくないこと

彼の忘れたくないことのリストには、あとがきを読んだ限りではありますが、介護現場のことは含まれていませんでした。

しかし、イタリアや欧州の介護現場からは凄惨な状況が次々と報告されています。

 

・イタリアのミラノの老人ホーム(入所者数は1,000人余り)で3月以降、190人もの死者が発生したため、警察が業務上過失致死の疑いで捜査を開始した。死者のうち、新型コロナウィルス感染症に関する事例がどれほどかは確認されていないが、集団感染の可能性が疑われている。従業員はマスクや防護服を支給されないまま介護にあたり、従業員の3分の1に相当する約200人に新型コロナウィルス感染が疑われる症状が出ている。

 

・イタリアでは老人ホームが新型コロナウイルス感染症の感染管理の死角地帯(=対象外)のまま長く放置されたという懸念が高まっている。老人ホームで亡くなる高齢者の多くが新型コロナウイルス感染症の事後検査から排除されてしまっている。検査のキャパシティーに限界があり、検査を受けられずに亡くなる場合もある。なかには、コロナウィルス感染症が疑われる事例もあるが、公式統計に反映されず、コロナウィルスによる「隠れ死者」の増加が疑われている。

 

・スペインでは、新型コロナウィルスによる感染症の対策支援に当たっている軍が立ち入った介護施設で高齢者が置き去りにされ、ベッドで亡くなっていた方もいた。別の施設では感染がわかったあとに、職員が現場を放棄してしまった例もあった。

 

・英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の研究グループがイタリア、スペイン、アイルランド、ベルギー、フランスの老人ホームを調査したところ、新型コロナウイルスによる死亡の4257%が高齢者入所施設に集中していたことが分かった。(注:この研究結果では、イタリアの高齢者入所施設でのコロナによる死者数は、4月6日現在、9,509名。スペインの高齢者入所施設での死者数では、4月8日現在、9,756名)

 

医療現場からも忘れたくないこと

医療現場からの報告もあります。

 

・感染者の増加が続くイタリア北部の医療現場では、人的・物的に医療資源が限られているため、回復する可能性が高い患者の治療を優先する措置が取られている。重症の肺炎患者の治療には人工呼吸器が不可欠だが、必要な患者すべてに行き渡らない状態が続く。年齢を判断基準の一つとする方針は現場で採用されており、目安を80歳から75歳に引き下げた病院もあるという。

 

・収容能力も限界を超えている。緊急でない手術は延期され、手術室は一時的な集中治療室として使われ、廊下や受付にも人工呼吸器をつけた患者のベッドが置かれている医療機関もある。

 

コメント

年齢で一律に制限をかけることについて

人工呼吸器の優先順位を決めるにあたり、年齢を判断基準の一つとしたと言われるとぞっとします。

関連して、ある記事で社会学者の大澤真幸さんが、「メンタル面の崩壊」の懸念を指摘されていた部分を引用します。

 

各国の医療現場で人工呼吸器の絶対数が不足し、高齢の重症患者と若い重症患者、どちらに呼吸器を優先的に装着するか、という選択を迫られる事態が多発しています。人工呼吸器を若者に回さざるを得ないとの判断。それは苦渋の決断で、社会を維持していく優先順位では、ある意味で正しいとも言える。しかし、その決断は『最も弱い立場にある人こそ、最優先で救済する』という、人間倫理の根幹をないがしろにしてしまうおそれがあります。

 

そういう判断を重ねることで、倫理的なベースが侵され、『弱い人を見捨てても仕方ない』という感覚が広がり定着してしまう可能性がある。

 

『最も弱い立場にある人こそ、最優先で救済する』が人間倫理の根幹だと書かれています。
それに付け加えさせていただくならば、年齢で人を決めつけることをエイジズムと言い、それに対して、同じ年齢でも個人差があるので、一律に年齢で人を判断しないというのが、人間社会が達成してきた倫理の感覚ではないかと思います。

 

非常時や緊急時の基準や感覚で物事を考えることで、このあたりが麻痺してしまったり、ブレてしまったりしてはいけません。
高齢者、要介護者、認知症の方、病気や障害を持った方と関わる仕事をしている私たちが、このあたりの価値の揺るぎない防波堤を築いていかなければならないと思います。

それぞれの忘れたくないことのリスト

様々な公衆衛生の課題を乗り越え、高齢社会を達成してきたと思っていましたが、まだまだだったと気づかされております。
私の忘れたくないことを幾つか挙げましたが、それ以外にもあります。「働く職員が自宅待機となってしまったため、誰も現場におらず、入居者に食事なしを2日間強いた」、「医療機器不足の病院に高齢者施設からの救急搬送を拒否された」などです。とても書き切れないと感じます。

 

介護や、福祉や、保健や、医療の視点でまだまだ忘れたくないことはあるでしょう。
社会の状況が落ち着きましたら、それぞれの忘れたくないことを持ち寄って、そういう状態が再び起こることがないような社会づくりを進めていきましょう。

 

(文:星野 周也)

 

<参考>ー本文中に示したもの以外―

1. 高齢者の大量死を防げ「介護崩壊」と「医療崩壊」老人ホームと病院はなぜ新型コロナに弱いのか(著者は木村 正人氏)|YAHOOJAPANニュース 2020.4.18

2. 「マスクもないのに納体袋を十分準備せよと政府は言った」欧州の老人ホームでコロナ死相次ぐ(著者は木村 正人氏)|YAHOOJAPANニュース 2020.4.4

3. 伊検察、集団感染を捜査 業過致死容疑 100人死亡の介護施設…現地報道(著者は笹子 美奈子氏)|読売新聞オンライン 2020.4.9付(読者会員限定)

4. 「110人の大量死」イタリアの老人ホームに隠蔽疑惑…死因は単純肺炎?|中央日報日本語版 2020.4.10

5. アングル:イタリアでコロナ「隠れ死者」増加、高齢者施設の実態|朝日新聞GLOBE+ 2020.3.27

6. 介護施設に高齢者置き去り、ベッドに遺体も 新型ウイルスで混乱のスペイン|BBC NEWS JAPAN 2020.3.24

7. <新型コロナ>老人ホーム 職務放棄疑いも スペインの3施設で計39人死亡|東京新聞 2020.3.26

8. 新型コロナ スペイン 死者4割、施設の高齢者 防護服足りず職員から感染か|毎日新聞2020.4.5

9. 新型コロナ 世界100万人感染 命に線引き イタリア、回復しやすい患者優先 スペイン、高齢者見捨てた施設も|毎日新聞2020.4.4 

10. 苦境の今こそ、人類の好機 大澤真幸さんが見つめる岐路(聞き手は太田 啓之氏)|朝日新聞デジタル 2020.4.8付(有料会員限定)

 

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