日本で初めて認知症の人と接する―インドネシアから来日した看護師の介護施設での経験談から―

2020/07/21
  • Twitter
  • Facebook
  • LINE

 

インドネシアから来日した看護師の介護施設での経験談を読みました。
まとまった内容の、日本語でのエッセイとなっており、興味深いものでした。

 

断片的なエピソードというかたちで、介護施設で働く外国人労働者の声を見聞きしたことはありましたが、書き言葉でご自身の経験を振り返って、整理して書かれたものにはそう触れることができていなかったと思い、貴重と思いました。

 

ご紹介したいと思います。
こちらです。

第6回 看護・介護エピソードコンテスト 優秀賞 『諦めなくて良かった』 JONI PALSONさん|一般財団法人オレンジクロスのサイトから 2020.05.28

イスラム教の文化を尊重する

インドネシアは国民の約9割がイスラム教徒と言います。
このエッセイでも、イスラム教徒として日本人で経験したことが述べられています。

 

仕事を始めて2年経った頃、私は大きなショックを受けました。日本のテレビのニュースで朝から晩までISIS(イーシス)に関してのニュースが取り上げられました。ISISを日本語に訳すとイスラム過激派組織です。そのことが介護現場で働くイスラム教徒の私達にも大きな影響がありました。親しかった同僚や周りの人達の態度が変わり、「本当のイスラム教は違う、そうじゃない」と伝えたくても言葉の壁があり、直接偏見を感じていなかったのですが家で泣いていた日々でした。母に話してみたら「あなたの行いを見てイスラム教の教えが周りの人に伝わるから、今まで通り元気に笑顔で慈悲の心を持って働けばよい」と言われ、私は母のアドバイス通り一日5回のお祈りや断食をきちんと行いました。すると、これまでイスラム教に興味を持っていなかった周りの人達に「断食ってなんですか、なんでお祈りしなくちゃいけないの」と尋ねられるようになり、イスラム教についての理解を少しずつ得られるようになりました。

 

一日5回のお祈りなど、イスラム教徒としての宗教上の習慣について尊重していくというのは、受け入れ側の当然の倫理と考えてよいだろうと思います。(参考:EPA-経済連携協定-にもとづくインドネシアからの介護福祉士候補者受け入れの実践例は参考5参考6の記事もご参照ください)

 

そして、宗教に関連する国際政治上の難しい問題があったのだとしても、現場における個人のレベルでの仕事上の協働や人と人としての交流が持つ可能性はポジティブに考えたいと思います。

日本で認知症の人と初めて接する

また、日本の介護現場で経験したストレスの1つに、認知症の人との関わり方が挙げられています。初めて認知症の人と接したようなのです。

 

レビー小体型認知症、アルツハイマー型認知症等を抱える入居者様と初めて接して戸惑う毎日は、ストレスに追い打ちをかけました。ある日、80歳ぐらいの女性の入居者様の話し相手になりました。「お兄さんはどこから来たの」、「名前は何というの」外国人の私に興味を示したようで普通の会話も弾んできたところ、返答が終わるや否や何度も同じ質問を繰り返され、戸惑ってしまいました。どうして良いか分からずその場所からすぐに逃げたいと思いましたが、親から「ほかの人に話している時は、つらい事があっても笑顔で」と教えてくれた事を思い出し、同じ質問にも「そうですね」と笑顔で答えることが出来ました。

 

日本で認知症の人と初めて接するというのは、以前の当サイトの記事「認知症の方がいない?!技能実習生とミャンマーの高齢化」にて、ミャンマーからの技能実習生においても同様であると伝えました。

 

インドネシアやミャンマーで認知症の人との関わりが希少というならば、この経験こそ日本で積んでいただきたいと思います。
認知症の人に同じことを繰り返し聞かれて戸惑うというのは確かにそうだと思うのですが、インドネシア人であれ、日本人であれ、信仰している宗教の違いを超えて、初学者、初心者としての普遍的な経験なのではないかと思います。

介護の仕事をしている者同士の共感

普遍的な経験と言えば、
このエッセイで述べられている

毎日の中で入居者様の小さな変化を感じられるのは家族でもなく、医療関係者でもなく、私達介職員である
という感覚や

 

日々、入居者様との何気ない会話の中で「ありがとう」という言葉に喜びや仕事のやり甲斐が感じられます
という感覚、
すなわち、介護職の役割や仕事の喜びについての重要な気づきもまた、文化の違いを超えて、同じ介護の仕事をして、同じ価値に触れられるようになった者同士で共感できることなのではないかと思います。

終わりに

弊社でも、在留資格「特定技能」によるベトナム人の介護人材を受け入れる動きを昨年より進めています。外国人介護人材と共に働く職場環境をつくろうとしています。

注:現状、新型コロナウィルス感染症の影響で、受け入れが止まっている状況です。

どんな付加価値を提供できているのか?(受け入れ側として)

自国で認知症の人と関わる機会が希少であるならば、日本に来て経験を積むという選択肢には付加価値が生まれ、彼ら・彼女らが介護や看護の専門職としてキャリアを考えていく上で、力を伸ばす機会と映るかもしれません。

 

逆に、受け入れ側としては、知識、技術、経験等の観点で、彼ら・彼女らにどんな付加価値を提供できているかを考えていかねばならないと思います。外国人人材の側に立てば、日本は選ばれる(他の国と比較される)側にあるのだという視点を忘れてはいけません。

長く一緒に働き、共に年を重ねるーある社会福祉法人の理事長の言葉からー

お付き合いのある社会福祉法人で、技能実習生ではないですが、外国人スタッフを多数(17カ国約50名)受け入れているところがあります。1970年代から受け入れの歴史があります。

 

そこの理事長が、いずれ日本に定住した外国人が入りやすい、多言語対応の老人ホームを作りたいと目標を語られています。そこには、外国人スタッフと長く一緒に働き、共に年を重ねてきたということが背景にあるのではないかと考えます。
そういう長期的な関係形成を頭の片隅に入れて、受け入れを進めていきたいですね。

 

(文:星野 周也)

 

<認知症Cafést内関連記事>(本文中で明示したもの以外)

技能実習生が運んでくれた新しい風

外国人労働者受け入れと認知症

ラグビーワールドカップ日本チームに見た、認知症が日本社会にもたらす可能性

<参考>

1. インドネシア人看護師・介護福祉士候補者の受け入れについて|厚生労働省

2. 日・インドネシア経済連携(平成31年2月22日更新)|外務省

3. ~イスラム教について知っておきたいこと~@インドネシア|RGF HR Agent 2019年10月16日付

4. インドネシアとイスラム教|lifenesia

5. EPA事業紹介|社会福祉法人徳心会

6. きづきの輪vol.8 ムティウラ・デウィ, バイクシティ・イズニラフ・ラフマン|SAWARABI GROUP

7. ゼロからわかる「イスラーム国」が世界的な一大現象になるまで(著者は末近浩太氏)|現代ビジネス 2016.10.20

8. 『ゲンロン0 観光客の哲学』/東浩紀|note(名義は「読書の記録」) 2018.08.20付

9. ベトナム大学との特定技能人材の教育、受け入れに関する合意について 上場している介護企業グループとしては日本初! セントケア・ホールディング株式会社|PR TIMES 2019年8月2日付

10. 入国制限緩和で期待のベトナムからのインバウンド最新情報—旅行先人気No.1は日本も、最も気になるのはコロナ対策|朝日新聞デジタル&M 2020.07.10

11. 日本とベトナム 相互に入国制限緩和で合意 感染拡大以降で初|NHK NEWSWEB 2020.06.19 

12. 【コロナ:世界の動きまとめ】日本政府、入国制限緩和第2弾は台湾、中国、韓国など10か国。台湾はビジネス緩和対象リストから日本、外す可能性|やまとごころ.jp 2020.07.10付 

13. 技能実習生にコロナ影響 「もういらない」来日かなわず(著者は栄光祐、染田屋竜太、野上英文の3氏)|朝日新聞DIGITAL(有料会員限定) 2020.05.28付

14. 日本の外国人労働者数は165万人:2019年10月時点、中国人とベトナム人でほぼ半数|nippon.com 2020.03.23付

15. 技能実習生はゼロ 17カ国約50人の外国人スタッフを雇用する社会福祉法人が重んじていること(著者は秋山訓子氏)|AERAdot. 2020.2.28付

16. 外国人看護師の受け入れと日本 インドネシア人看護師の帰国とキャリア発展を中心に(著者は平野裕子氏)|医学書院 2019.09.23付

17. 世界最低レベルの外国人受け入れ寛容度、ニッポンの末路(著者は河合薫氏)|日経ビジネス 2019.10.08付

<参考書籍>(amazonへのリンクあり)

東 浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』、株式会社ゲンロン、2017

 

 

 

 

 

 

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE