『太平洋ひとりぼっち』の“堀江青年”が世界最高齢での太平洋無寄港横断への挑戦を表明

2021/12/27
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こんにちは。
認知症Cafést編集スタッフのSです。

世界最高齢での太平洋無寄港横断への挑戦を表明

兵庫県芦屋市在住の83歳の海洋冒険家、堀江謙一さんが世界最高齢での太平洋無寄港横断への挑戦を表明されました。
ヨットでの単独無寄港の横断です。
来年(2022年)3月にアメリカのサンフランシスコを出港し、兵庫県の西宮港を目指して2~3か月かけて航海(注:距離は8,700km)するスケジュールと聞きます。

 

 

60年前の1962年(昭和37年)に堀江さんは、今回の挑戦とは逆の航路で、日本からアメリカへヨットでの単独無寄港の太平洋横断に成功されています。
航海記録をまとめた『太平洋ひとりぼっち』はベストセラーになり、「堀江青年」は一躍国民的ヒーローになったということです。

永遠の青年の姿ー小林秀雄『考えるヒント』よりー

私はその当時を知らないですけれど、小林秀雄(19021983)という批評家が『考えるヒント』という著書で、『太平洋ひとりぼっち』について「永遠の青年の姿」が描かれていると評していたことは知っています。
その青年が年を重ねて、世界最高齢での太平洋無寄港横断にチャレンジされるというのですからドラマチックです。

 

 

小林秀雄が『太平洋ひとりぼっち』について言及しているのは「青年と老年」という見出しのついた小文のなかでであり、もともとは朝日新聞(昭和3815日)に寄稿した文章です。昭和38年は1963年で、小林秀雄が60 歳のときの文章です。
この中で青年や青年期について、警句のような断片的な言葉で

 

「十分に不安時代だった」
「不安がなければ不安を発明してやる、これが青年の特権」
「今日の青年を見ても、ただうらやましいと思うのは、私にはもう失われてしまった、あふれるような若さの力だけである」
「若さの力の環境への投影力は、環境の若さへの影響力よりはるかに強い」

 

など記されています。

 

堀江謙一さんの『太平洋ひとりぼっち』については、次のように書かれています。

 

堀江青年の文章の発想には、だれにも見誤る事の出来ぬ一つの性質がある。それは、自分には功名心も無論あったが、それより自分はヨットが好きだったという事の方が根柢的な事であった、という主張である。彼には、どうしても、それが主張したかったというところが、まことに面白い。ヨット好きなら、何とかしてセーリングの足が延ばしたい。延ばせば太平洋横断になるのは、ヨット好きには、わかり切った事であり、そのための準備なら、忍耐なら、こんな楽しい事はない。要するに何一つ突飛な事をした覚えはない。だが、世間は、何百回、いや何千回となく、太平洋横断の動機は、理由は、目的は、と聞いた。

 

小林秀雄はこんな言い方もしていて、年を重ねて、ちょっとやそっとのことでは面白いと感じることはなくなったが、そんな自分でも『太平洋ひとりぼっち』に現れた永遠の青年の姿が面白いと感じたと言っています。
その反面、深遠な理由や崇高な目的がチャレンジの裏側にはあるはずと考えている世間の見方に対しては「つまらない(見方だ)」と断じているのではないでしょうか。

「冒険心=若さ(青年)」?

ここで小林秀雄が感じたという面白さは「若さ」に対してのものなのだろうかというのは、考えてみたい点ではあります。
「若さ」というよりは堀江青年が抱いた「冒険心」に対してのものなのではないかなど思います。
冒険心が青年だけに許された特権ならば、「冒険心」を青年の象徴として捉える議論がしっくりくると思うのですが、「冒険心=若さ(青年)」という図式はそれほど揺るぎないものとは思えないのです。

 

それは時代の変化もあるかもしれません。

 

59年前に「太平洋ひとりぼっち」の航海を行ったわけですが、そのときに60年後、また同じ太平洋ひとりぼっちの航海をするとは考えてもいなかった。人生100年時代になって、83歳でもこうして元気におれるわけですから、なんとかこれを有効にしてやっていきたい。そんなふうに思っています。

出典記事へのリンク(朝日新聞 2021年11月25日)

 

これは先月1124日の記者会見で現在の堀江さんご自身が言われていたことです。

人生100年時代

今や人生100年時代という言われ方をしますが、100歳以上の高齢者の統計を取り始めたのが「太平洋ひとりぼっち」の翌年の1963年(昭和38年)です。
1963年は老人福祉法制定の年で、そのとき100歳以上は全国で153名でした。
なので、「太平洋ひとりぼっち」の時点では、公式の数字としては100歳以上の高齢者数は残されていません。
100歳はまだまだ現実味の薄い年齢だったと思われます。
ちなみに、1962年の平均寿命は男性で66.23歳、女性で71.16歳でした。

堀江さんが100歳について語る

80歳を過ぎた堀江さんは100歳についてはこう語っています。

僕は現役で100歳まで航海を続けるつもりですが、本当に100歳のときに元気なのかどうかわからない

 

やはり人間は何か目標をもって進んだほうが充実した人生を送れる。100歳まで待ってもよいですが、そのときに心臓が動いているか自信がないもんですから、元気な間にひとつ目標を作って、やっておきたい

出典記事へのリンク(朝日新聞 2021年11月25日)

 

伝わってくるのは「元気である今を逃しては…」という思いです。
一方、冒険心は60年前の“堀江青年”と大差はないように思われます。

吉田兼好『徒然草』の死生観

『太平洋ひとりぼっち』を取り上げた小林秀雄の「青年と老年」という小文では、老年についても書かれています。
年を重ねて、ちょっとやそっとのことでは面白いと感じることはなくなったという小林が老年についての参考文献として取り上げているのが、吉田兼好の『徒然草』です。恐らくは『徒然草』は小林秀雄の「面白さ」の基準を満たしているものなのでしょう。

見てみましょう。

 

「兼好は、こういう事を言っている。死は向うからこちらへやって来るものと皆思っているが、そうではない、実は背後からやって来る」
「死は向うから私をにらんで歩いて来るのではない。私のうちに怠りなく準備されているものだ」
「死は、私の生に反した他人ではない。やはり私の生の智慧」
「あれほど世の無常を説きながら、現世を生きる味いがよく出た文章」

 

さらっとした書きぶりではありますが、死生観について正面から語られているので、重くも感じられます。
堀江さんの言葉につなげるならば、「明日、心臓が動いているから分からないから、今のうちに、元気なうちに…」という考え方だと思います。こう言えば、馴染みに感じられる考え方と思われる方もいるのではないでしょうか。

現世をしっかり味わう

ある程度、人生を経験してくれば、朝、目が覚めたときに「今日も生きていた(心臓が動いていた)」と身にしみて感じるようになるという話は耳にしますし、私自身もそうです。
天災や体の異変にいつなんどき見舞われるかは基本的には予測ができないことです。
怖くも聞こえる言い回しですが、小林秀雄は「(死は)自分のうちに怠りなく準備されている」と喝破しました。

 

そういうものと常に隣り合わせという感覚を「生の智慧」、「生きる知恵」につなげられるかどうかなのでしょう。
そんな考察を踏まえ、そして、80歳を過ぎた“堀江青年”から大いに刺激を受けて、小さなことでも目標を持って現世をしっかり味わっていきたい、そう思います。

(終)

 

 

本記事で言及した書籍のアマゾンへのリンク

堀江謙一著『太平洋ひとりぼっち』Kindle版

小林秀雄著『考えるヒント』(文春文庫)

<参考>

1.世界最高齢で無寄港の太平洋横断に挑戦へ 海洋冒険家・堀江謙一さん(著者は松本晃氏)|毎日新聞 2021.11.24付

2.60年後の太平洋ひとりぼっち、堀江さん「このチャンス逃しては」(著者は朝倉拓也、安井健悟氏)|朝日デジタル(有料会員記事)2021.11.25

3.83歳の堀江謙一さん、最高齢での太平洋無寄港横断に挑戦…来年3月出航へ|読売新聞オンライン 2021.11.25

4.世界最高齢で無寄港の太平洋横断に挑戦へ 海洋冒険家の堀江謙一さん(YouTube)|SankeiNews 2021.11.24

5.文芸批評の神様「小林秀雄」が残した政治・戦争への深い考察(著者は中野剛志氏)|本の話 2021.03.22

6.日本人初、ヨットで太平洋単独横断 海洋冒険家・堀江謙一さんに聞く 若い時は自己満足で(聞き手は稲田佳代氏)|毎日新聞(有料記事)2020.07.28

7.世界最高齢で無寄港の太平洋横断に挑戦へ 海洋冒険家の堀江謙一さん(YouTube)|関西テレビNEWS 2021.11.30

8.【図解・社会】100歳以上の高齢者数の推移|JIJI.COM 2019.9.13

9.百歳高齢者表彰の対象者は43,633人|厚生労働省プレスリリース 2021.9.14

10.平均寿命の推移|内閣府(平成17年版少子化社会白書)

 

 

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