心理学を活用したBPSDへの介入:応用行動分析学(ABA)

A(きっかけ)→B(行動)→C(結果)のフロー図

はじめまして。タジマといいます。

皆さんは「心理学」には興味がありますか?
「人の心が読めるのかな」「怪しそう」「ビジネスに役立つ」等々・・・
良し悪しはあれど、何かしらの「心理学」に対するおおまかなイメージを持っておられる方が多いのではないかと思います。

 

ところで、じつは私は「公認心理師」という心理職の資格を持っています。
本サイトは認知症をテーマとしたポータルサイトですので、認知症と心理学のかかわりについて少しお話しできればいいなと思いました。

 

ハートのあるロボット

認知症に対する心理学的な支援とは?

認知症の方に対する援助には、ご存じのとおり色々な職種の方が携わっています。
介護士の方をはじめとして、ケアマネージャーや看護師、医師、リハ職、ソーシャルワーカーなど、幅広い分野の方が、それぞれの専門領域の支援にあたっています。

 

では、医学に基づいて支援を行う医師・看護師や、福祉に基づいて支援を行うソーシャルワーカーに対して、心理職はどのような支援を行うのでしょうか?
心理学に基づく支援の例として、「回想法」や「リアリティ・オリエンテーション(現実見当識訓練)」などがあり、広く知られています。
一方、認知症の中でもBPSDに対して有効な心理学的支援法として、近年話題に挙がるのが、「応用行動分析学」に基づく支援です。

 

プレゼンテーションする男性

BPSDとは?

ここで、上記の「BPSD」について、簡単にご説明します。
BPSDとは、日本語では「認知症の行動・心理症状Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」と訳されます。
具体的には、暴言や暴力、抑うつ、不眠、幻覚、妄想、せん妄、徘徊、もの取られ妄想など、認知症の症状に伴って起きる、様々な行動や心理の問題のことをいいます。

 
BPSDが生じたとき、ご当人がつらい思いをすることはもちろん、周りの家族や介護人の方にとっても苦しい状況になることがよくあります。
たとえば、徘徊が習慣化することで、ご当人の心身に危険がおよぶだけでなく、家族や介護人の方も心身が休まりません。

 

 心配しているお婆さんのイラスト

 

BPSDに対する治療としては、従来から薬物療法がよく用いられてきました。
すなわち、睡眠薬や抗うつ薬、精神を落ち着かせる薬などを服用することで、問題をやわらげる方法です。
薬物療法は高い効果を上げる一方で、実際には対症療法であることや、心身への副作用、依存性が生じうるというデメリットもあります。

行動科学に基づく支援:応用行動分析学(ABA)

応用行動分析学に基づく支援は、薬物とは異なる観点から認知症を援助する、行動科学に基づく介入方法です。
ABA(Applied Behavior Analysis)と略します。

従来は、自閉スペクトラム症やADHDなどの発達障害に対して高い効果を上げる介入として有名になった方法です。
近年では高齢者介護の分野でも、海外を中心に広く知られる理論になります。

ABAでは、BPSDは人と環境のやりとり(相互作用)がうまくいっていない状態であると考えます
そして、環境を変えることで行動を変えようとするのです。

 

たとえば、高齢者施設にお住いの、話し相手のいない、ある高齢者の方について考えてみましょう。
近年、日本では介護人材の不足から、1人の介護士の方が大勢の高齢者の方をケアしなければいけない介護施設が増えています。
したがって、ひとりひとりの高齢者の方に対して、十分な時間を取ってかかわることが難しい現場も多く存在しています。

 
このような現場において、頻繁に大声で暴言を発して、いつも介護士の方になだめられている男性の高齢者の方をAさんとして例にあげます。

  

不機嫌なお年寄りのイラスト

 

Aさんが大声で暴言を発するのはどうしてでしょうか?
もしかしたら、背後には「寂しい気持ち」や「不安感」、「周囲への不満」などがあるかもしれません。
そのようなAさんの気持ちは大切に尊重する一方で、ABAでは気持ちではなく「環境」に着目します。

探偵のように行動の原因を探る(行動のABCをとらえる)

ABAを実践することは、環境の中から「行動の原因」を探偵のように探る作業であるともいえます。
ここでは、探偵が使う七つ道具の一つをご紹介します。

以下は、ABAにおいて最もよく使われる図式で、「ABC分析」と呼ばれます。

A(きっかけ)→B(行動)→C(結果)のフロー図

ABC分析では、行動(Behavior)の原因を行動の「きっかけ(Antecedent)」と「結果(Consequence)」に分けて考えます。
介護施設の心理師がAさんの行動をつぶさに観察する中で、Aさんに繰り返し見られるパターンがわかってきたので、ABCにまとめてみました。

A(人との関わり少)→B(大声で暴言を言う)→C(介護士と話す機会)のフロー図

Aさんに繰り返し見られるパターンとして、「人との関わりが少なくなると」、「大声で暴言を言った」結果、「介護士と話す機会が増えている」ということがわかりました。
また、いつもなだめてくれる介護士がお休みの日は、暴言を言うことはないこともわかりました。

 
上記の分析から、「人との関わりの少なさ」だけでなく、「介護士と話す機会を得られている」ことが、Aさんの「大声で暴言を言う」行動の原因であるらしいことがわかりました。
すなわち、「Aさんをなだめる」という行動は、短期的にはAさんの機嫌を良くすることには効果を発揮するものの、長期的にはAさんの暴言を知らずのうちに強化していました。

 

このことを知った介護士は、Aさんの関わりが減ってきたと思ったときは、Aさんをなだめることはせず、Aさんをデイルームに案内することにしました。
その結果、Aさんの暴言は減り、笑顔でいる時間が増えるようになりました。
これをABCにまとめると、以下のようになります。

A(人との関わり少)→B(大声で暴言を言う)→Cf買い越しと話せないのフロー図

A(人との関わり少)→B
(デイルームに行く)→C(多くの人と話す機会)のフロー図

まとめ:環境を変えれば行動を変えられる

簡単ではありますが、BPSDに対するABAに基づく援助について解説してみました。
ABAでは、問題行動の原因は「本人」ではなく「環境」にあると考えます。
さらに、行動の「前」だけでなく、「後」が行動の形成や維持に強く影響しているととらえます。

もちろん、実際の現場はさらに複雑です。
上記のような単純な分析ではうまくいかないことの方が多いでしょう。
それでも、普段とは異なる見方で日常の行動を眺めてみることで、行動を変える糸口が見えてくるかもしれません。
この記事を通して、少しでも心理学やABAが面白いと思っていただければ嬉しいです。

参考文献

宮 裕昭 (2017). 認知症高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入. 老年精神医学雑誌, 28(12), 1368-1373.


注1: 本文中の例は、宮(2017)に基づきました。
注2: 説明のわかりやすさのために、理論を簡略的に説明した箇所があります。
注3: 本文中のABC分析は観察に基づいています。より原因の確からしさを高めるためには、実験(原因を変化させ、結果を観察すること)に基づく「機能分析」が有効です。