フランス発認知症ケア「ユマニチュード」の定量化を試みているレポートから②―「マルチモーダル」とは何か?―

初出:2019年11月5日| 再掲:2022年7月30日

 

フランス発認知症ケアの「ユマニチュード」の実践をビデオで撮影して、その特徴を数値で示すことを試みたケースレポートの一部の知見先週の記事でご紹介しました。
ケースレポートの残りの知見を本日、ご紹介します。
キーワードは「マルチモーダル」です。

ユマニチュードに関するケースレポートの前回の記事

フランス発認知症ケア「ユマニチュード」の定量化を試みているレポートから―BPSDの削減に寄与―

ケースレポートへのリンク

Miwako Honda, Mio Ito, Shogo Ishikawa, Yoichi Takebayshi, and Lawrence Tierney Jr, “Reduction of Behavioral Psychological Symptoms of Dementia by Multimodal Comprehensive Care for Vulnerable Geriatric Patients in an Acute Care Hospital: A Case Series”, Case Reports in Medicine, 2016. | Hindawi Publishing Corporation

前回の記事での主要な結果

急性期病院に入院している介護拒否が見られる認知症患者3名に対し、従来型のケアを行い、それに引き続きユマニチュードのケアを行いました。一連の状況をビデオで撮影し、比較しました。

3事例を平均した結果は以下の通り(下表)です。

 

単位

従来型のケア ユマニチュード
全体 227.2 228.1
見る 0.6 12.5
話す 15.7 54.8
触れる 0.1 44.5
攻撃的言動 38.6 0.1

注:この表はレポートにもとづき、編集スタッフで作成

 

この表から読み取れることは以下の通りです。
ポイントは「見る」、「話す」、「触れる」というそれぞれの関わりで、従来型のケアに比べて、ユマニチュードでは多くの割合の時間がかけられていたという点にあります。

 

・従来型のケアは全体で227.2秒かかり、ユマニチュードでは228.1秒かかった。

・従来型のケアでかかった全体の時間(227.2秒)のうち、「見る」には0.6%、「話す」には15.7%、「触れる」には0.1%の時間がかけられていた。一方、ユマニチュードでは全体の時間(228.1秒)のうち、「見る」に12.5%、「話す」に54.8%、「触れる」に44.5%の時間がかけられていた。

・従来型のケアの時間では38.6%の時間で患者に攻撃的な言動が見られたのに対し、ユマニチュードでは0.1%の時間で攻撃的な言動が見られた。

 

今回ご紹介する「マルチモーダル」を示す結果

このビデオ分析では、「見る」、「話す」、「触れる」が同時に患者に施されていたかも評価されています。
「マルチモーダル」という言葉を先行して提示して、ここまで引き延ばしてきました。
「マルチモーダル」とは「見る」、「話す」、「触れる」という3つの関わりのうち2つを同時に行っていること、あるいは、3つすべてを同時に行っていることです。

 

この観点で、従来型のケアとユマニチュードを比較した結果を下表では示しています。

同時に行って
いる数
従来型のケア % ユマニチュード %
事例1 事例2 事例1 事例2
76.3 69.2 13.8 21.5
23.1 29.7 35.2 42.3
0.5 1.1 32.7 35.4
0.1 0 19.7 0.8

注:この表はレポートに基づき、編集スタッフで作成。3つの事例のうち2つの事例を抜粋。

 

この表から読み取れることは以下の通りです。
ポイントは従来型のケアに比べ、ユマニチュードで「見る」、「話す」、「触れる」の働きかけを同時に行っているという点にあります。ユマニチュードでマルチモーダルな働きかけがなされていると言い換えられます。

 

・事例1で従来型のケアを行っていた時間のうち76.3%は、「見る」、「話す」、「触れる」を同時に行っている数は0であった。つまり、76.3%の時間、いずれも行っていなかった。同時に行っている数が1、すなわち、「見る」、「話す」、「触れる」のどれかを行っていた時間が23.1%であった。「見る」、「話す」、「触れる」のうち2つを同時に行っていた時間が0.5%、3つのすべてを同時に行っていた時間が0.1%であった。事例2で従来型のケアを行っていた時間の内訳については同様に、同時に行っていた数(以下、適宜「同時の数」とも記す)が0の時間は69.2%、同時の数が1の時間は29.2%、同時の数が2の時間は1.1%、同時の数が3の時間は0%だった。

・続いて、事例1でユマニチュードを行っていた時間のうち、「見る」、「話す」、「触れる」のどれも行っていなかった時間が13.8%、同時の数が1の時間は35.2%、同時の数が2の時間は32.7%、同時の数が3の時間は19.7%であった。事例2でユマニチュードを行っていた時間の内訳については同様に、同時の数が0の時間は21.5%、同時の数が1の時間は42.3%、同時の数が2の時間は35.4%、同時の数が3の時間は0.8%であった。

 

コメント1 結果のまとめ―前回の結果と合わせてユマニチュードを総合的に理解―

前回の結果からは、ユマニチュードでは従来型のケアと比べて、「見る」、「話す」、「触れる」に多くの時間がかけられていることが分かりました。
さらに、今回の結果から、ユマニチュードでは「見る」、「話す」、「触れる」がバラバラに行われているのではなく、「見る」ことをしながら「話す」、「話す」ことをしながら「触れる」など、「見る」、「話す」、「触れる」が同時に行われていることが分かりました。

コメント2 「マルチモーダル」と人工知能(AI)

「マルチモーダル」は人工知能(AI)―人間の知的能力を人間に代わってコンピューター上で実現させる技術―をめぐる議論のなかでは、画像と音声など、複数の異なる情報を組み合わせて情報処理をすることを言います。複数の情報を組み合わせることで、情報処理の精度が上がります。例えば、人間においても、周囲に騒音があるような音声が聞き取りにくい環境下で、話し手の口の動き(視覚/画像)を声(聴覚/音声)と同時に読み取ることにより、正確に音声を聞き取ることができます。(注1~3)

 

状況認識が難しくなった認知症患者にとっても、「見る」ことをしながら「話す」、「話す」ことをしながら「触れる」など、複数の働きかけを同時に受けることは、状況判断―この状況が安心してよい状況なのかどうか、自分が大事に接してもらえているかどうか等―の助けとなっていると考えられます。
このことは、介護をする側から見れば、認知症の方に対して、どうすれば「あなたを大事に思っている」ということが伝わるかのヒントとなることでしょう。

コメント3 介護技術の客観的評価

このレポートでは、ビデオ分析により、従来型のケアとユマニチュードの違いを数量的に表現することができていました。
「見る」、「話す」、「触れる」にどれくらいの時間がかけられているか、これらを組み合わせて同時に行うことにどれくらいの時間がかけられているか。このように観点を決めて従来型のケアとユマニチュードのぞれぞれで数値化したときに、2つの間に違いが現れたということでした。有意義な知見と思います。

 

ビデオ分析での評価は、介護技術の客観的評価の可能性を開くものと言えるでしょう。
関連事例の紹介となりますが、今年の7月、京都大学から、「ユマニチュードの技術」をAIで評価する手法を開発したという研究成果の発表(注4)がありました。
内容は以下の通りです。

 

・介護場面で、介護者が頭部にカメラを装着して、ビデオ撮影する。

・(ビデオ撮影による)映像に対して画像認識などの技術で、介護者と被介護者の間のアイコンタクト成立頻度、顔(介護者)と顔(被介護者)の間の距離(以下、適宜「顔間距離」と記す)などを調べる。

・その結果、初心者/中級者/熟練者の間でアイコンタクト成立頻度や顔間距離などの間に大きな差が見いだされた。

 

この成果に基づき、介護技術を学ぼうとする学習者が、頭部にカメラを装着して介護を行うと、アイコンタクト成立頻度や顔間距離などに基づき、スキルレベルの推定ができるとのことです。
ということは、熟練者と差があった場合、差を埋める努力の方向性が、感覚を超えて客観的に語ることができるのであろうと期待を込めながら思います。

コメント4 コーチングAI

最後に、AIによる指導・教育という事例を最後に紹介します。

 

従来、介護の現場で技術を教えるのは、指導者(先輩)が学習者(後輩)を対面で指導するという形式でした。
それに対して、ビデオ撮影による映像(動画)とAIの技術を組み合わせて、技術指導を指導者がなしでも実現させようというコーチングAIの開発も既に始められています。

 

コーチングAIの開発を進める株式会社エクサウィザーズ(←リンクあり)の取り組みを見てみましょう。
まず開発したのが動画ツールです。
この動画ツールでは、学習者が自身の実践動画を撮影し、アプリで動画を送付します。指導者は、アドバイスをしたい場面で、動画にコメントを返信します。コメントは音声でもできますし、赤ペン先生のように動画に直接、書き込むことでもできます。
そして、指導動画のデータを集めて解析することで、失敗や間違いをパターン化でき、人ではなく、AIがアドバイス(コーチングAI)できるようになるということです。(注5~6

 

教えるということが、「指導者による対面での指導」から「AIによる指導」(コーチングAI)へと進化していく流れが見て取れるかと思います。
コメント3と4により、学習者の自己学習も、指導者による指導もAIにより変わっていくという気運の胎動を感じていただければ幸いです。

 

(文:星野 周也)

 

 

 

フランス発認知症ケア「ユマニチュード」の定量化を試みているレポートから①―BPSDの削減に寄与―

初出:2019年10月1日|再掲:2022年7月23日

 

フランス発認知症ケアの「ユマニチュード」に関して紹介した認知症caféstでの過去記事は安定して高アクセスされており、ユマニチュードに対する世の人の関心の高さがうかがい知れます。今回は、ユマニチュードの実践をビデオで撮ってその特徴を数値で示すことを試みたケースレポートについて2回にわたりご紹介します。

ユマニチュードに関するCaféstの記事

・シリーズ「ユマニチュード」第1回~注目のフランス発認知症ケア~

・シリーズ「ユマニチュード」第2回~ケアの基本柱『見る』『話しかける』~

・シリーズ「ユマニチュード」第3回~ケアの基本柱『触れる』『立つ』~

・意識のない方とも対話はできる~ユマニチュードの講演会に参加して~

・40代からユマニチュードの技法を学んでいこうー未来にも今のこの時代にも役立つー

ケースレポートへのリンク

Miwako Honda, Mio Ito, Shogo Ishikawa, Yoichi Takebayshi, and Lawrence Tierney Jr, “Reduction of Behavioral Psychological Symptoms of Dementia by Multimodal Comprehensive Care for Vulnerable Geriatric Patients in an Acute Care Hospital: A Case Series”, Case Reports in Medicine, 2016. | Hindawi Publishing Corporation

このケースレポートでの分析対象者と分析方法

 

・対象者は急性期病院に入院している介護拒否が見られる認知症患者3名

・40人いる看護師のうち4名がユマニチュードの講義と実技の指導を受けた

・この講義を受けていない看護師による従来通りのやり方でケアがうまくいかなかったとき、講義を受けた看護師に代わり、ユマニチュードのケアを行う

・従来通りのやり方(以下、「従来型のケア」と呼ぶ)とユマニチュードのケアを比較できるように、一連の状況をビデオで記録

・ビデオの内容は「見る」、「話す」、「触れる」という観点で分析

・さらに、認知症患者に攻撃的な行動が見られたかどうかやケアが受け入れられていたどうかについても検討(これらは4人の経験豊富なケア専門職が状況を見て判定を行う)

・患者あるいは家族より書面での同意を得た上で以上の分析を実施

 

分析結果

1つの事例の結果

ケースレポートでは3事例取り上げられ、細かく状況が記述されています。このうち1事例の状況を紹介します。
対象者は以下のような方です。

 

急性期病院に入院中の93歳のアルツハイマー病の女性。腹壁の皮膚に膿瘍(うみ)が見つかり、静脈への抗生物質投与が開始になった。ADLは全介助で、認知症が進行している。コミュニケーション能力が低下しているため、認知症のスクリーニング検査MMSE(注:記憶力、計算力、言語力、見当識等の程度を測る)を実施できない。抗精神病薬が2種類処方されている。おむつ交換時に拒否が見られ、看護師に対して攻撃的になっていくため、ケアが困難である。

 

ビデオ分析の結果は以下の通り(下表)です。

従来型のケア ユマニチュード
全体 360.7 100.0 127.6 100.0
見る 0 0 5.5 4.3
話す 98.8 27.4 53.7 42.1
触れる 0 0 56.1 44.0
攻撃的言動 88.4 24.5 0 0

表:この表はレポートにもとづき、編集スタッフで作成

 

この表は次のように見ます。

 

・従来型のケアは全体で360.7秒かかり、ユマニチュードのケアでは127.6秒かかった。

・従来型のケアでかかった全体の時間(360.7秒)を100%としたとき、「見る」には0秒(0%)、「話す」には98.8秒(27.4%)、「触れる」には0秒(0%)かけられていた。一方、ユマニチュードでは全体の時間(127.6秒)を100%としたとき、「見る」には5.5秒(4.3%)、「話す」には53.7秒(42.1%)、「触れる」には56.1秒(44.0%)かけられていた。

・従来型のケアを行っているとき88.4秒(24.5%)は患者に攻撃的な言動が見られた。一方、ユマニチュードでは攻撃的な言動は0秒(0%)であった。すなわち、そのような言動は見られなかった。

 

3事例の結果の平均

残りの2事例を加え、3事例のビデオ分析の結果を平均したものを以下の表に示します。

 

単位

従来型のケア ユマニチュード
全体 227.2 228.1
見る 0.6 12.5
話す 15.7 54.8
触れる 0.1 44.5
攻撃的言動 38.6 0.1

表:この表はレポートにもとづき、編集スタッフで作成

 

この表からは次のことが読み取れます。

 

・従来型のケアは全体で227.2秒(3事例の平均。以下同様)かかり、ユマニチュードでは228.1秒かかった。

・従来型のケアでかかった全体の時間(227.2秒)のうち、「見る」には0.6%、「話す」には15.7%、「触れる」には0.1%の時間がかけられていた。一方、ユマニチュードでは全体の時間(228.1秒)のうち、「見る」に12.5%、「話す」に54.8%、「触れる」に44.5%の時間がかけられていた。つまり、「見る」、「話す」、「触れる」のそれぞれに、ユマニチュードでは多くの割合の時間がかけられていたことになる。

・従来型のケアの時間では38.6%の時間で患者に攻撃的な言動が見られたのに対し、ユマニチュードでは0.1%の時間で攻撃的な言動が見られた。

 

コメント1 急性期病院での医療・看護・ケアについて

従来型のケアとユマニチュードのケアの違いがくっきりと描かれています。これほどまでに違いがあるのでしょうか。
急性期病院での医療・看護・ケアの状況を確認する必要があるのではないかと考えたところ、次の立場表明があることを知りました。

 

「急性期病院において認知症高齢者を擁護する」日本老年看護学会の立場表明2016(2016年8月23日公開)| 一般社団法人日本老年看護学会(リンクあり)

 

多岐にわたり重要な考察が含まれている文書と思いましたが、ここでは「これほどまでに違いが出るのか?」という問いに関連する情報を幾つかピックアップしてみます。

 

 

・医療全体の状況として「効率・スピードを求める大命題”治療優先“の医療の元、本人の意思確認の形骸化や身体拘束が当たり前となっている

・急性期病院に認知症高齢者が入院し治療を受けるのが常態化したのはここ数年のことで、認知症患者の看護の経験に乏しい

・認知症高齢者は自分の意思を持ちながらもコミュニケーション障害によってそれを伝えられず、何もできない人、わからない人とステレオタイプ化されて認識されてきた

・急性期病院では認知症看護に関する学習よりも身体疾患や処理に関する教育が優先されている

 

 

生々しい記述と思いますが、上記の急性期病院でのスタンスとの対照を意識しながら、介護(特に認知症の方への関わり)のスタンスを幾つか列挙するならば、「時間をかけて」、「丁寧に」、「(言語以外の)非言語コミュニケーションも活用」などのキーワードが思い浮かびます。そもそも双方がまるで相容れないことが確認できます。

 

認知症高齢者がほとんどいない状況で、急性期病院で「効率・スピード」を優先するならば、「見る」、「話す」、「触れる」は必要がなかったということでしょう。「見る」、「話す」、「触れる」という関わりが非効率と考えられていたことになります。しかし、認知症高齢者に受け入れてもらえるには、このような関わりができなければならないということが劇的にこのレポートでは描かれています。

コメント2 ユマニチュードの技法と哲学

復習になりますが、ユマニチュードにおいて、「見る」とは、認知症の方の視野が狭くなっている状況下で、正面から話しかけ、目を合わせる機会を多くつくることであり、それにより、認知症の方に「自分が存在しているし、ここにいてよい存在なのだ」と思ってもらえることを目指しています。「話す」とは、相手にとって気持ちが良い言葉かけや、ポジティブな言葉で説明をしながらケアをすることであり、それにより、認知症の方に「自分が大事にされている」と思ってもらえることを目指しています。「触れる」とは、手のひらをつかって、包み込むように、優しく、ゆっくり触れていくこと(スキンシップ)であり、それにより親密感や絆を深め、安心感を抱いていただけることを目指しています。このように、技法と哲学をセットにして理解することが本質的であると思います。

コメント3 尊厳の保持につながる関わり

今回の結果からは、ユマニチュードが、「見る」、「話す」、「触れる」に時間をかけている技法であること、それにより認知症患者の攻撃的言動が減っていることが読み取れます。それは、ユマニチュードのケアの提供により、暴力、暴言などBPSDとも周辺症状とも言われる認知症の方の感情的な反応や行動上の反応の削減に寄与できることを示唆するものです。

 

数値化されることでユマニチュードのケアがどのようなものかの特徴が「見える化」されたのではないでしょうか。認知症の方に「自分がここにいてよい存在なのだ」とか、「自分は大事にされている」とか思ってもらえることは、介護保険法の理念にも掲げられている、「尊厳の保持」につながる関わりに他なりません。したがって、ユマニチュードのケアの「見える化」により尊厳の保持につながる関わりの方法が具体化され、手掛かりが得られたと言えるのではないかと思います。

 

ケアの時間の全体で、「見る」、「話す」、「触れる」にどれだけ時間をかけられているかや、どうしたらこれらに時間をかけられるかを振り返られたらいかがでしょうか。(注:このレポートでは取り上げられてはいませんが、ユマニチュードのもう1つの柱「立つ」も当然、意識すべきことであるだろうと思います。)

 

(文:星野 周也)

 

 

<本文で取り上げた以外の認知症Cafést内関連記事>

認知症とは

<その他参考>

認知機能の評価法と認知症の診断|日本老年医学会